アンデッドしか愛せない。– 転生リッチのアンデッド流わからせ譚-

肩メロン社長

001 転墜

 転墜てんつい


 死後、生者としてではなく、不死種アンデッドとなって復活を果たす呪われた禁術。

 人理に葬られた確証のない黒魔術。


 本当に生き返ることができる保証などどこにもなく。


 たとえ成功したとしてもそこに以前の自我はなく、朽ちた肉体は脆く起き上がることすら困難。やがて肉体は消え失せ、そこに魂だけが漂流することとなる。


 そんな程度の噂。


 いつ、どこで、誰が行ったのかすら文献にない。

 理論上そうなるというだけで、無論だれも試そうと思わない。


 誰かの思い付きで描かれ、そうであったら面白いと。

 どこぞの魔術師の、絵空事程度の空想でしかなかったそれを。


 

「この俺——エル・マクシミリアンは成功させたというわけだ」



 蒼白に血の通わない手のひらを見つめながら、俺は笑った。

 いや、正確には笑うことができなかった。


 まだ神経が全身に開通せず、筋肉が骨を動かすことができていないから、実際には無表情のまま。口角はピクりともしていない。


 だが、俺は笑っていた。

 俺の魂を直接視ることができる者がいれば、間違いなく笑っていると断言できるほどに。



「確証はなかったが、まあ俺ならやれると思っていたよ」



 原理としては輪廻転生と同じ。

 巡り巡る魂の循環。

 そこを捉え、オプションを追加しただけという話。

 ただ、懸念していたのは、肉体の方だった。


 輪廻転生はおおよそ百年周期。

 死んでから復活するまでの百年。

 その間に新たな器を用意し、その肉体が朽ぬよう定期的にケアできる環境が必要だった。


 加えて、即席での魔術行使。

 多大な準備期間を経て行われた儀式ではなく、強敵との戦闘中。



「新しい器が馴染むまで、しばらくは動けないが……中々に良い器じゃないか」


「お褒めいただき光栄です。我が主」



 天蓋の向こうから、女が返礼した。

 


「久しいな。ディアリス」


「お久しぶりでございます。我が主、エル様。あの日からちょうど、百年ぶりのお目覚めとなりましょう」



 揺れる天蓋の向こうから彼女——ディアリスが姿を覗かせた。


 金銀妖瞳に煌めく美しい双眸。

 たおやかになびく銀色の絹。


 彼女の言葉通りなら、百年前と何ら変わらぬ姿形の女がベッドに腰掛けた。



「変わらんな、おまえは」


「変わるはずがありません。エル様は、このお姿がお好きでしょう? それとも、循環する時の中で性癖がお変わりに?」


「死んだ後の記憶などない」


「では、今世も好みドンピシャというわけですね」



 まともに動けない俺の胸板に指を押し当てて、つぅと下へなぞる。

 


「その器を作るのに、とても苦労しました」



 口許を緩めながら、ディアリスは言った。



「あなた様を殺めたあの女の孫——今代の勇者の肉体なのですから」


「——ククッ」



 随分とまあ、皮肉の込められた器だ。

 


「私が育て上げた勇者の肉体に魔王エル様の魂。我ながら素晴らしい作品だと自負しております」


「それはこの先が愉しみだな」


「はい。お身体の調子が戻り次第、早速始めましょう」



 何を?


 無論、言うまでも無い。


 俺は不死種アンデッドと成った。


 不死種が望むのは、永遠の夜。決して明けぬ深淵。

 黄金を黒で塗り潰し、生者を死で染め上げ、不滅の夜を創り上げる。


 そこに理由などない。


 ただおもしろそうだと思ったから。

 ——いや。



「あまりにもつまらないから、俺が面白くしてやろう」



 変わらぬ日常に嫌気が差したのだろう?

 刺激が欲しいのだろう?

 家族を、友を、民を守りたいのだろう?

 愛を貫きたいのだろう?


 ならば、俺がその相手となろう。


 細波さざなみ程度でしかなかったその日常はらんを。

 俺が濁流に変えてやるから死に物狂いで泳げよ。



「生者は獣である。飢え、血に酔い、弱者を貪る獣の群れ。

 故に死者である我らは夜の訪れとともに、獣をくびり殺す狩人となる。

 流転をなくし、時の流れすら凍てつかせ、母も神も地に貶める。

 果てに訪れる永遠の夜こそ至高なり」



 愉悦に顔を歪めたディアリスが唄うように寿ことほぎながら、唇をねだる。

 それに応えるように、俺はくうを震わせた。



「故に我ら死の軍勢よ、剣をれ。明けぬ深淵を目指して」


 

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