2.憧れの帰り道デート
なんだかふわふわいい気分だった。両足は羽根が生えたように軽く、まるでこのまま空を飛べそうな気がしてくる。
学校帰りに好きな人と一緒に帰る。
それは
なにせ
周りのカップルが仲良く下校していくのを見るたび、「せめてもう少し
ミラクルが起こったのは週の始めの全校集会だ。教育実習生の中に郁がいた。あれっと目をこすり、幻ではないらしいとわかると次は人違いの可能性を考えた。
郁は一年浪人して受験勉強を頑張っていた。だから会いたいなと思っても亜衣香は頑張って我慢した。無事に合格が決まりこれでまた遊べるようになると思った矢先、郁は大学の近くで一人暮らしを始めてしまった。おかげでこの数年はほとんどちゃんと会えていなかった。
――他人の空似の可能性もあるかも……。
じーっと一生懸命目を凝らしてみる。でも距離が離れているせいでイマイチ確信が持てない。
そのうち校長先生からマイクが渡され、教育実習生が順番に挨拶をしていった。どきどき見守っているといよいよ目当ての彼がマイクを持った。聞こえてきたのはとても馴染みのある声。口にしたのはやっぱり亜衣香の大好きな名前だった。
――見間違いなんかじゃない……!
これがミラクルと言わずになんだというのだろう。まさか郁と一緒に学校に通える日がくるなんて。
「暗くなるのが早くなったな」
郁の呟きに釣られるように亜衣香も天を仰ぐ。藍色の空に星がひとつふたつと瞬いている。
亜衣香がまだ小さかった頃もよくこんなふうに並んでお喋りしたものだった。亜衣香の二つ下の弟と郁の弟が同い年で、
横目でこっそり隣を窺った。街灯の明かりに照らされた横顔がどことなく憂いを帯びて見えてどきりとする。急に、彼が大人の男性であるという事実を突きつけられた気がした。騒ぎ出した胸の音に、亜衣香の鞄を持つ手に力が籠もる。
実はミラクルなできごとには嬉しさだけではなく、予想外なこともあった。彼に向けられる黄色い声だ。誰が見てもイケメンである郁。少し考えれば騒がれるのは当然のことだった。
とはいえ亜衣香にとっての郁は先生である前に幼馴染だ。みんながどれだけ騒ごうともこの間柄だけは覆せない。亜衣香だけの特権、そう自覚するとついつい頬が緩んだ。
「あ、郁くんは、いつもこんなに遅いの? 教育実習って大変なのね……」
ささやかな優越感とともに前を向き、何気ないふうを装って話題を紡いだ。――そのつもりだった。すぐに「まあね」と声が降ってきて、亜衣香の思惑通りにうまく話を振れたと思ったのだが。
「今日は、小テストの採点を手伝ってたから。……そういえば倉本さんのもあったよ。結構イージーミスが」
「えっやだ! わたしのは忘れて! テストの話なんかどうでもいい!」
鞄を胸に抱いて郁を振り仰いだ。そのまま二歩三歩と距離を開けていく。郁は亜衣香が離れたことにすぐ気づいたらしい。「亜衣ちゃん、」と溜息混じりの声が飛んできた。
「どうでもよくはないだろう? イージーミスはなくさないと。明日から十一月だよ。あっという間に期末テストがくる」
苦言とともに渋い顔を向けられ、それまで弾んでいた亜衣香の心がしゅんと
再び歩き出したものの亜衣香の足取りは重い。
あたりはいつの間にか大規模分譲された住宅街に差しかかっていた。よく似たデザインの住宅が建ち並ぶこの区画を抜け、大通りを渡ってしまえば亜衣香の家はすぐそこだ。それはつまり郁との帰り道デートが終わることを意味する。
せっかくのチャンスなのに。
あと少ししか一緒にいられないのに。
なんとなく気まずい雰囲気になってしまっている状況に亜衣香の目線は落ちていく。
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