第3話 彼と私の恋電車 始まりの夜③

フラれる度に『マサキ』さんを思い出す。彼を思い出すだけで、慰められるから。

気が付けば…もう26歳になってる。あの出会いから10年。

きっと彼は結婚してるんだろうな…再会しても気付けないだろうな。なんて浸ってみたり。


「陽菜はさぁ…相手に合わせすぎなんだよ。だから都合の良い女になっちゃうんじゃない?」

「そうそう」

「もっと自分を出せば良いのに」


そうかもね。

また捨てられるかもって思うと、つい…控えめにしてしまう。嫌とは言えない。だって…嫌と拒んだら…フラれたから。


拒めないでいたら…簡単にエッチできる女だと思われて、都合の良い女の出来上がり。

だから不倫や浮気相手になっちゃうんだろうな。


「あ、いけない。そろそろ帰んなきゃ」

「そうだね」


家庭もちの2人が動き出す。


「え?まだ21時だよ?」

「まだ子供が小さいからね。旦那に任せっぱなしはさすがに」

「そうそう。心配になっちゃうよね」

「ごめんね、陽菜。私もそろそろ帰るよ」

「え?美樹ミキも?何で?」

「彼氏が出張からもうすぐ帰って来るんだよね。久しぶりに会うからさ」

「そうなの?」


結局、フリーの私だけが暇なんだなぁ…。


一緒に居酒屋を出たけど、別れてから時間を持て余す。帰っても良いんだけど…何か寂しい。明日は仕事休みなのに…明日の予定もないし。


フラリと1人で居酒屋に入ってみた。初めての1人飲み。ほとんどヤケだったんだけど。

ただ1人で飲んでも…虚しいかった。悪酔いしてしまいそうな感じ。会話する相手もいないし…。


(ダメだ…変な酔い方をしてしまってる)


1時間もしないうちに居酒屋をあとにする。さっさと家に帰ろうと歩き出してみたけど…フワフワして歩きにくい。


「お姉さん、大丈夫?」

「…」


声をかけてきた男を見る。多分私より若い。チャライ男2人組。これは…無視だよね。

普段ならスタスタと歩いて去れるんだけど…。


「ねぇねぇ、介抱してやろうか?」


男は私の腕を掴んだ。こんな時間から、こんな男がうろついてるのか?


「大丈夫なので離してくれます?」

「えー?大丈夫じゃないでしょ」


ニタニタする男共。なんか…気持ち悪い。

それに歩く方向を誘導されているのだろうか…。気が付くと、人通りの少ない路地に入ろうとしていた。


「ちょっと…どいて」


意識だけは何とか保っているが足元が覚束ない。これは危険だと焦る…色々と。


何より一番今危険なのは…吐き気…。


(ヤバい、ヤバい!トイレ…トイレ)

…と口元を押さえる。


「気持ち悪いの?そこホテル入る?」


まだ言い寄ってくる男共。お願いだから、放っておいて欲しい。


(急いで帰りたいんだから!もう少しで駅なんだから!どいてよ!)


今すぐトイレに駆け込みたい程、危険だった。


「入らない!放っておいてくれる?」


そう怒鳴りつけて、踵を返した瞬間…私は通りすがりの人にぶつかってしまった。


「おっと…」

「あ、すみません…」



スーツ姿の人。フラフラしながら私はその人の顔をチラリと見た。


(あれ?どっかで見た事あったような?)


そう思った瞬間、油断した。吐き気のピークが…。


「おぇ…」


私はやってはいけない事を、やってしまったんだ。




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