第6章:すれ違う二人

# マニュアル外の恋愛事情


第6章:すれ違う二人


龍野十四郎は、珍しく落ち着かない様子でオフィスに座っていた。

昨日、ここみに飲み会の誘いを断ったことが気がかりだった。

(あれでよかったのだろうか...)

そんな思いを抱えながら、彼は無意識のうちにここみの席を見つめていた。

しかし、そこにここみの姿はなかった。

「おはようございます、龍野部長」

突然聞こえた声に、十四郎は驚いて振り返った。

「お、おはよう」

ここみだった。今日も笑顔で挨拶をしている。

「今日は朝から外回りなんです。もう出発しようと思って」

「そうか...気をつけて行ってこい」

十四郎は、普段よりも柔らかい口調で言った。

ここみは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。

「はい、行ってきます!」

その笑顔を見送りながら、十四郎は胸の中に温かいものが広がるのを感じた。

(やはり、俺は...)

その時、若手社員たちの会話が耳に入ってきた。

「ねえ、聞いた?ここみさん、合コンに誘われてるんだって」

「えー、いいなー。誰に誘われたの?」

十四郎は、思わず耳を澄ました。

「営業部の佐藤さんらしいよ。イケメンだし、ここみさん行くんじゃない?」

その言葉に、十四郎は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

(合コン...か)

彼は、自分の中に湧き上がる複雑な感情に戸惑った。

(止める権利なんてない。だが...)

十四郎は、思わず立ち上がっていた。

「龍野部長?どうかしましたか?」

秘書の声に、我に返る。

「...いや、なんでもない」

席に戻りながら、十四郎は自分の感情を抑えようとした。

(冷静になれ。ここみの私生活に口出しする立場じゃない)

しかし、その思いは簡単には消えなかった。

夕方、ここみが外回りから戻ってきた。

「お疲れ様です、部長」

「ああ、お疲れ」

十四郎は、何か言いたそうに口を開きかけた。

「あの...」

「はい?」

ここみが首を傾げる。

(合コンのこと、聞くべきか...いや、やめておこう)

「...いや、なんでもない。報告書は明日で構わない」

「分かりました。ありがとうございます」

ここみは笑顔で答えた。

その笑顔を見て、十四郎は胸が痛んだ。

(俺には...資格がないんだ)

そう思いながらも、十四郎の中で何かが壊れそうになっていた。

「じゃあ、お先に失礼します」

ここみが帰り支度を始める。

十四郎は、言葉を失ったまま、その姿を見送った。

(行くな)

そう言いたかった。

しかし、その言葉は胸の中にとどまったまま。

十四郎は、自分の気持ちに気づきながらも、何も言えないもどかしさに苛まれていた。


*********************************

この作品が少しでも良いと思っていただけましたら、☆♡いいねやお気に入り登録など、どうぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る