第5章:見えない想い




龍野十四郎は、珍しく集中できずにいた。



目の前の企画書がぼやけて見える。



(どうしたんだ、俺は)



彼の視線は、無意識のうちにここみのデスクへと向かっていた。



ここみは電話で熱心に話をしている。



笑顔で、時折頷きながら。



(あいつは、いつもあんな調子だな)



十四郎は、自分でも気づかないうちに、微かな笑みを浮かべていた。



「龍野部長、ここにサインを」



秘書の声に、十四郎は我に返った。



「ああ、すまない」



慌てて書類にサインをする。



(仕事に集中しないと)



しかし、その決意もつかの間。



「ねえねえ、ここみちゃん。今度の飲み会、来る?」



若手社員の声が聞こえてきた。



十四郎の耳が、思わず立つ。



「えー、でも仕事が...」



ここみの困ったような声。



「大丈夫だって。たまには息抜きも必要だよ」



「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて」



十四郎は、思わず眉をひそめた。



(飲み会か...)



彼は、自分の中に湧き上がる奇妙な感情に戸惑った。



(なぜだ。ここみが飲み会に行こうが、関係ないはずなのに)



しかし、その思いは簡単には消えなかった。



「龍野部長も、たまには来ませんか?」



ここみの声に、十四郎は驚いて顔を上げた。



「俺が?」



「はい。みんなで楽しく飲めたら、いいなと思って」



ここみの笑顔に、十四郎は言葉を失った。



(行くべきか...いや、でも)



「...考えておく」



そう答えるのが精一杯だった。



ここみは少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。



「分かりました。楽しみにしてます!」



その後も、十四郎の頭からここみのことが離れなかった。



(俺は、どうしてしまったんだ)



仕事が終わり、帰り支度をしていると、



「お疲れ様でした、部長」



ここみが声をかけてきた。



「ああ、お疲れ」



十四郎は、普段より柔らかい口調で返した。



ここみは少し驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せた。



「では、また明日」



その笑顔を見送りながら、十四郎は胸の中に温かいものが広がるのを感じた。



(これは...恋なのか?)



その思いに気づいた瞬間、十四郎は自分に驚いた。



(まさか、俺が...こんな感情を)



彼は、長い間忘れていた感覚に戸惑いながらも、



それを否定することはできなかった。



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