第4章:揺れる心

龍野十四郎は、重い足取りでオフィスに向かっていた。

今日という日を、彼は長い間恐れていた。

(まさか、こんな形で終わるとは...)

十四郎が10年以上携わってきた大型プロジェクトが、突如中止になったのだ。

エレベーターに乗り込む時、普段なら気にも留めない自分の姿が目に入った。

少し曇ったような目。いつもより深いしわ。

(こんな顔で出社するのは初めてだな)

オフィスのドアを開けると、すぐに空気が変わったのを感じた。

「おはようございます」

いつもの挨拶の声が、どこか遠慮がちに聞こえる。

十四郎は無言で自分のデスクに向かった。

周りの視線が、背中に刺さるのを感じる。

(みんな、知っているんだな)

プロジェクト中止のニュースは、すでに社内に広まっていたようだ。

「龍野部長」

ここみの声だった。

十四郎は顔を上げる。

「何か用か?」

普段より冷たい声が出た。

しかし、ここみは怯まなかった。

「新しいプロジェクトの企画、考えてみたんです」

十四郎は驚いた。

(こんな時に...)

「今は、そんな気分じゃない」

彼は、そっけなく答えた。

「でも、このアイデア、絶対に面白いんです!」

ここみの目が輝いていた。

その輝きに、十四郎は少し眩しさを感じた。

「...見せてみろ」

渋々ながら、十四郎は資料に目を通した。

(なるほど...これは)

読み進めるうちに、十四郎の表情が少しずつ和らいでいく。

「悪くないな」

思わず、そんな言葉が漏れた。

ここみの顔が、パッと明るくなる。

「本当ですか?よかった!」

その笑顔に、十四郎は胸の奥で何かが動くのを感じた。

(なぜだ...こんな時に、こいつは)

周囲の冷ややかな視線。

しかし、ここみだけは変わらない。

いつもと同じ明るさで、前を向いている。

十四郎は、自分の中に芽生えた温かい感情に戸惑いを覚えていた。

(俺は...ここみのことを)

その思いに気づいた瞬間、十四郎は慌てて否定しようとした。

(いや、違う。ただの部下だ)

しかし、彼の心の奥底では、すでに何かが変わり始めていた。

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