第3章:氷解する心
龍野十四郎は、いつもより早く出社していた。
珍しいことではなかったが、今日は特別な理由があった。
東羅ここみの企画書を、もう一度確認するためだ。
十四郎は、デスクに置かれた色とりどりの資料を見つめた。
(派手すぎる...だが、確かにインパクトはある)
彼は、そんな自分の考えに少し驚いていた。
普段なら即座に却下するような企画書を、何度も見返している自分がいた。
そこへ、元気な声が響いた。
「おはようございます、龍野部長!」
ここみだった。
十四郎は慌てて資料を引き出しにしまった。
「...おはよう」
彼は、いつもの冷たい調子で返事をした。
「あの、昨日の企画書なんですが」
ここみが切り出す。
十四郎は、やや緊張した面持ちで彼女を見た。
「どうした?」
「もう少し、会社のスタイルに合わせてみました」
そう言って、ここみは新しい資料を差し出した。
十四郎は、驚きを隠せなかった。
昨日の派手な色使いは抑えられ、シンプルになっている。
しかし、ここみらしい斬新なアイデアは残されていた。
(なるほど...これなら)
「...悪くない」
十四郎は、珍しく褒め言葉を口にした。
ここみの顔が、パッと明るくなる。
「ありがとうございます!」
その笑顔に、十四郎は思わず目を逸らした。
「ただし、まだ改善の余地はある」
彼は、慌てて厳しい言葉を付け加えた。
「はい、頑張ります!」
ここみは、めげずに答えた。
その姿を見て、十四郎は内心で苦笑した。
(この調子の良さは、一体どこから来るんだ)
その日の午後、重要なクライアントとの会議があった。
十四郎は、いつもの自信に満ちた態度で会議室に入った。
しかし、クライアントの要求は予想以上に厳しかった。
「もっと斬新なアイデアが欲しいんだ。これじゃ面白くない」
クライアントの言葉に、十四郎は一瞬言葉を失った。
その時、ここみが口を開いた。
「それでは、こちらのアイデアはいかがでしょうか」
彼女は、朝見せた企画書を取り出した。
十四郎は焦った。
(待て、それは...)
しかし、クライアントの反応は予想外だった。
「おっ、これは面白い!こういうのを待っていたんだ」
会議は一気に好転した。
十四郎は、複雑な思いでここみを見つめた。
会議が終わり、二人きりになった時、
「すみません、勝手なことをして...」
ここみが謝罪の言葉を口にした。
十四郎は深く息を吐いた。
「...いや、良かったよ」
彼は、珍しく素直な言葉を口にしていた。
「本当ですか?」
ここみの目が輝いた。
十四郎は、その輝きに少し戸惑いを覚えた。
「ああ。だが、次からは事前に相談してくれ」
「はい、分かりました!」
ここみが嬉しそうに答える。
その笑顔を見て、十四郎は胸の中に何か温かいものが広がるのを感じた。
(この感覚は...一体何だ?)
彼は、自分の中に芽生えた新しい感情に戸惑いを覚えていた。
*********************************
この作品が少しでも良いと思っていただけましたら、☆♡いいねやお気に入り登録など、どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます