第2章:衝突と調和
龍野十四郎は、いつもより早く出社していた。
昨日、人事部から新しい部下が配属されると聞いたばかりだ。
転職組とはいえ、新しいメンバーの指導は彼にとって最も神経を使う仕事の一つだった。
エレベーターを降りると、すでにオフィスには数人の社員が出勤していた。
「おはようございます、龍野部長」
受付の女性が、頬を少し赤らめながら挨拶をする。
「おはようございます」
十四郎が颯爽と通り過ぎると、後ろで小さなため息が聞こえた。
「相変わらずカッコいいわね」
「ねえ。あの濃いめの眉毛となんともシャープな顎のライン...」
「でも、近寄りがたい雰囲気があるのよね」
囁き合う女性社員たちの声が、十四郎の耳に入る。
彼は気にした素振りも見せず、自分のデスクに向かった。
そこへ、人事部の社員が案内してきたのは、明るい笑顔の女性だった。
「龍野部長、新しく配属された東羅ここみさんです」
「はじめまして!東羅ここみです。よろしくお願いします!」
ここみは元気よく挨拶をした。十四郎は眉をひそめながら答えた。
「...よろしく」
その声の大きさが、十四郎には気に入らなかった。
「東羅さんは前職でもプロデューサーとして活躍されていたそうです」
と人事部の社員が付け加えた。
十四郎は無言でここみを観察した。
確かに、その眼差しには経験者特有の自信が見て取れる。
「では、さっそく仕事の説明を...」
十四郎が言いかけたところで、ここみが遮った。
「あの、実は昨日資料をいただいて、今朝までに企画書を作ってみたんです。見ていただけますか?」
十四郎は少し驚いたが、差し出された資料に目を通す。
「...これは何だ?」
「新しいアプローチの企画書です。前職での経験を生かして...」
「こんな色とりどりの図表、何が言いたいのか全く分からないじゃないか」
十四郎の声が冷たく響く。ここみは困惑した表情を浮かべる。
「でも、視覚的にインパクトがあった方が、クライアントの印象に残ると思いまして...」
「我が社の企画書は、常に黒と白。シンプルで無駄のないものだ」
厳しい言葉に、ここみは一瞬たじろいだ。
しかし、すぐに顔を上げる。
「分かりました。ですが、時には新しい試みも必要ではないでしょうか?前職では、このスタイルで成功を収めてきました」
その言葉に、十四郎は一瞬言葉を失う。
新しく来た部下がこれほど率直に意見するのは珍しかった。
「...中身は悪くない。だが、プレゼンテーションは我が社のスタイルに合わせろ」
十四郎はそう言って、自分のデスクに戻った。
(なんて厄介な部下だ...だが、確かに能力はありそうだ)
そう思いながらも、十四郎の胸の内には、微かな好奇心が芽生えていた。
一方、ここみは意気消沈することなく、明るく「はい、改善して再提出します!」と答え、自分のデスクに向かった。
その様子を見て、周囲の社員たちが小声で話し合う。
「新人なのに、龍野部長と渡り合えるなんてすごいわ」
「うん、でも龍野部長も普段ほど厳しくなかったような...」
「えっ、そう?私には相変わらず厳しく見えたけど...」
「いや、確かに。普段なら即座に突き返すのに、内容は評価してたわよね」
十四郎は、その囁きを聞こえないふりをしながら、パソコンに向かった。
彼の整った横顔に、女性社員たちが思わず見とれる。
しかし、十四郎の頭の中は、ここみの企画書のことでいっぱいだった。
(確かに、色使いは派手すぎた。だが、アイデア自体は斬新だ...)
彼は、そんな自分の考えに少し驚いていた。これまでにない刺激が、オフィスに吹き込んできたようだった。
*********************************
この作品が少しでも良いと思っていただけましたら、☆♡いいねやお気に入り登録など、どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます