第1章:新しい風

第1章:新しい風


龍野十四郎の机の上には、いつもと同じように整然と書類が並べられていた。


今日も8時ちょうどに出社し、新しく配属される部下の受け入れ準備を終えたところだった。


「龍野部長、新しい社員が到着しました」

秘書の声に、十四郎は顔を上げた。


「分かった。案内してくれ」


十四郎は立ち上がり、スーツのボタンを留め直す。


初対面の印象は重要だ。新しい部下に会社の規律と秩序を理解してもらうためには、自らが模範とならねばならない。


オフィスのドアが開き、人事部の社員に案内されて一人の女性が入ってきた。


「おはようございます。プロデュース部の龍野です」


十四郎が挨拶すると、女性は明るい笑顔で応えた。


「はじめまして!東羅ここみです。よろしくお願いいたします!」


その声の大きさと明るさに、十四郎は少し眉をひそめた。


人事部の社員が説明を加える。


「東羅さんは、ライバル会社で5年間プロデューサーとして活躍されていました。即戦力として期待しています」


十四郎は無言でここみを観察した。


確かに、その眼差しには経験者特有の自信が見て取れる。


しかし、彼女のスーツのスカートには微かなシワが寄っており、髪も少し乱れていた。

「遅刻するところでしたね」


厳しい口調で十四郎が言うと、ここみは申し訳なさそうに頭を下げた。

「申し訳ありません。電車が人身事故で止まってしまって...」


「それは予測できないことですか?」


「え?」


「常に余裕を持って行動すれば、こういった事態も防げたはずです」


十四郎の冷たい言葉に、ここみは困惑した表情を浮かべた。


しかし、すぐに彼女は明るい笑顔を取り戻す。


「おっしゃる通りです。次からは気をつけます!それより、早速仕事の説明をいただけますか?アイデアがいくつかあるんです」


その前向きな態度に、十四郎は一瞬戸惑いを覚えた。

普通なら萎縮するはずなのに。


「...分かりました。では、こちらへ」

十四郎はここみを自分のデスクの隣に案内した。


歩きながら、オフィス内の視線を感じる。

「龍野部長、相変わらずカッコいいわね」


「新しい人、明るそう。でも部長とうまくいくかしら」

「でも、龍野部長の厳しさに耐えられるかな」


囁き合う声が聞こえてくる。

十四郎はそれらを無視し、ここみに仕事の説明を始めた。


「まず、我が社の企画書の書き方からお話しします。常に黒と白、シンプルで...」


「あの、失礼ですが」ここみが遮る。

「前職での経験では、色使いやグラフィックを効果的に使うことで、クライアントの印象に強く残る企画書が作れました」


十四郎は眉をひそめた。「我が社には我が社のやり方がある」

「はい、でも時代に合わせて変化することも大切だと思います」


ここみの率直な意見に、十四郎は一瞬言葉を失った。新しく来た部下がここまで意見するのは初めてだった。


(なんとも型破りな部下だな...)


十四郎はそう思いながら、ここみの表情を観察していた。


彼はまだ気づいていなかった。この型破りな新入社員が、自分の人生を大きく変えることになるとは。



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