マニュアル外の恋愛事情

影燈

プロローグ:完璧な独身貴族

プロローグ:完璧な独身貴族


龍野十四郎の一日は、いつも同じように始まる。


午前5時30分、目覚まし時計が鳴る3秒前に目を覚ます。


深呼吸を3回し、ベッドから起き上がる。


スリッパを履き、バスルームへ向かう。


歯を磨き、髭を剃り、顔を洗う。全て決められた回数、決められた順序で。


6時、キッチンで朝食の準備を始める。


トーストは8分間、目玉焼きは片面を40秒ずつ。


コーヒーは豆から挽き、蒸らす時間は30秒。


一切の無駄がない。


6時30分、新聞に目を通す。


政治、経済、社会面の順で。スポーツ欄は飛ばす。


7時、スーツに袖を通す。


ネクタイの角度を確認し、靴の光沢を点検。


7時15分、家を出る。


オフィスには8時ちょうどに到着。


エレベーターを降り、32歩で自分のデスクに着く。


これが、プロデュース業界の敏腕プロデューサー、龍野十四郎の朝だった。

「おはようございます、龍野部長」


秘書の挨拶に頷きで応える十四郎。彼女がコーヒーを差し出すのを待つ。


ブラックに砂糖1杯、いつもの通りだ。

「昨日の企画書、チェックお願いします」


部下が恐る恐る声をかけてくる。

十四郎は無言で手を伸ばす。

赤ペンを取り、チェックを始める。

「...これじゃダメだ」


静寂を破る十四郎の声に、オフィス全体が緊張する。


「何度も言っているだろう。我が社の企画書は、必ず黄金比で構成しろと」

「申し訳ありません」

「やり直せ」


部下は肩を落として席に戻る。


十四郎は再び無言でパソコンに向かう。


昼食は12時30分から13時まで。サラダと蕎麦、決まったメニューだ。


「龍野さん、今度の飲み会どうですか?」

同僚の誘いを軽く手を振って断る。


「いやいや、そろそろ彼女でも作ったら?」

からかうような声に、十四郎は眉をひそめる。


「仕事に集中するためだ」


短く答え、席に戻る十四郎。

彼の周りには、誰も寄り付かない空気が漂っていた。


仕事が終わるのは21時。残業は当たり前、それが業界の常識だ。


家に帰り、決まった順序で夕食、入浴を済ませる。

就寝前の30分間は読書の時間。

そして、23時30分、ベッドに横たわる。


明日も、同じ日々が繰り返される。


それが龍野十四郎の人生だった。完璧で、整然とした、誰にも邪魔されない人生。


しかし、彼は知らなかった。


その完璧な日常が、まもなく大きく揺さぶられることを。


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