#3 ホラーゲームをした

 いつもの放課後。


 部室には、担当編集との打ち合わせのため、欠席している雪乃以外の日常部員全員の姿があった。課題のプリントを終わらせたり、スマホをいじったり、百合漫画を読んでいたりと、各自が好きなことをやっている。


 その中で、卯月が一人、奇声をあげていた。


「ムリムリムリムリムリ、うわぁ!」


 と、突然、手にしていたゲーム機を放り投げるように手放す。


「いきなりなにやってるんですか⁉ 壊れますよ⁉」


 卯月は、普段は自分の定位置に座って、何をするでもなくぼおっとしている。


 この学校のプリンスと呼ばれる程に顔が良いだけあって、それだけで何かの芸術作品のような存在感を放っているのだ。


 本人曰く、本当に何も考えずにぼけっとしているだけらしいけれど。


 でも、今日は持参したゲームをやっている。


 つい気になったので、手元に転がって来たゲーム機を卯月に返しがてら、さくらは尋ねてみた。


「卯月先輩が部室で何かしているなんて珍しいですね」


「ああ。これは必要なことだからな……」


「? ところで何をしているんです?」


「私が貸したホラーゲームをやっているんだよ」


 楓が漫画からさくらに顔を向け、卯月の代わりに答えた。


「楓先輩、ホラーゲームなんてするんですね」


「普段はしないよ。でも、百合ホラーゲームって聞いたから、買ってみたんだ」


 主人公が親友の家に遊びに行くと、突如豹変した親友に襲われる。追ってくる親友から逃げながら、罠だらけの親友宅から脱出を目指す。


 親友の変貌の裏には、複雑な百合的ドラマがある。


 ゲームの内容はそんな感じだった。


 と、さくらは卯月が奇声をあげていた理由を察した。


「それじゃあ、卯月先輩が叫んでいたのって」


「ああ。親友の子が追ってきててね。いや、みっともないところを見せてしまった。すまない。これをクリアしている楓には脱帽するよ」


「ふっふっふ……卯月ちゃん、昔からこの手のモノ苦手だもんね」


「なんか自分は違うみたいな顔してるけど、お姉もホラーとかムリ系の人でしょ。そのゲームもクリアしてあげたの、あーしだし」


 スマホをタプタプしながら、紅葉が言う。


「ちょっと! 紅葉! それは秘密って話でしょ。私、さくらちゃんの前ではかっこいい先輩でいたいんだから」


「え?」


 思わずさくらは声を漏らした。


 楓先輩のことは好きだけれど、残念ながら最初からかっこいい先輩とは思っていない。


 というか、自分がかっこいい先輩だと思われるって考えていたのか、この人……。


「でも、ホラーが苦手なのに、なんでわざわざ借りたんですか?」


「いい加減、ホラーが苦手なのを克服したくてね」


「それはまたどうしてです?」


「みんなの期待に応えてあげたいのさ。仮にもプリンスだなんて呼ばれる身。それなのに、怖いモノが苦手じゃ恰好がつかないだろう?」


 照れながらそう言った卯月に、さくらはやれやれと息を吐き出した。


 自分がこの部活に入ったばかりの頃、卯月は目を合わせてくれないくらい恥ずかしがり屋だった。


 それなのに、みんなが求めるまま、外では王子様として振舞っている。


 ホラーが苦手でも、卯月先輩は十分みんなの期待に応えていると思うけど。


 というか、むしろ怖いモノが苦手な王子様女子なんて、ギャップがあってもっと人気が出るのでは……。


 そんなことをさくらは思った。


「……でも、思っていた以上に、自分にホラー耐性が無いのも事実だ。というわけで、どうだろう」


 卯月がさくらを見つめる。


「さくらがこれをやってくれないか? 怖いんだが、ストーリーは気になるんだ。隣でさくらがやっているのを見ているから」


「まあ、私はホラー平気なのでいいですけど」


 こうして、さくらは卯月に代わり、クリアするまでゲームをプレイしたのだった。


 ……プレイ中、ゲーム画面をのぞき込んでくる卯月先輩の横顔があまりに綺麗で気を取られたせいで、何回かゲームオーバーになったのは秘密だ。特に楓先輩には。

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