#2 ラノベの感想を話した

 ある日の放課後。


 部室には、さくらと楓の二人きり。


 課題のプリントを終わらせたさくらは、ぼんやりと目の前に座る楓を見つめる。


「……今日は、みんな来ないんですかね」


「うん。紅葉は友達との予定があって、雪乃ちゃんは担当さんと打ち合わせで、卯月ちゃんはバスケ部に行ってる。助っ人として試合に出るんだって」


 楓は文庫本を読んでいた。パラパラとページをめくる音だけが部屋に響く。


 部室にいる時の楓は、いつも何かしらの漫画かライトノベルを読んでいる。


 もちろん、それらはすべて百合作品だ。


 さくらが最初にこの部活に入ったばかりの頃、聞いてみたことがある。


 日常部って一体何する部活なのか、と。


 返ってきた答えは――。


「自分の日常を彩ってくれる、自分が楽しいと思うことをやる部活だよ。私は百合漫画や百合小説、百合アニメを読んだり、観たりしているんだ」


 ということだった。


 楓の部活内容は、部室で百合作品を堪能することなのだ。


 今日の活動内容はなんだろう。


 さくらは楓の手元をちらりと見て、読んでいる本のタイトルを確認した。


 その作品には見覚えがある。


 お勧めの百合ラノベだと、楓に以前借りた物だ。


 楓はよく布教と称して、いろんな百合作品を貸し出す。おかげでさくらも少しずつそういう作品に詳しくなっている気がしていた。


「それ、この前、私に貸してくれたやつですか?」


「うん。そうだよ。この間、これの作者さんが原作の漫画が始まってね。それで、ふとまたこれが読みたくなったの」


「あー、そういうのってありますよね。好きな作家の新作が出ると、その作家の旧作も久しぶりに読みたくなる、みたいな」


「そうそう。まさにそんな感じ」


 楓が本を閉じて、頬にかかっていた髪を背中に振り払う。それから、そのまま仰け反って伸びをする。つやのある長い髪が床に着きそうになる。


「もう、読むのやめちゃうんですか?」


 さくらが尋ねると、楓は微笑み交じりに頷いた。


「さくらちゃんとお話ししたくなったからね」


「えっ」


 不意打ちでそんなことを言われて、さくらは思わず固まってしまった。自分の顔が少し熱くなっているのを感じる。


「ほら、この間、さくらちゃんにもこれを貸したでしょ? せっかくだから、さくらちゃんと語り合いたいなって」


「……ああ、そういうことですか」


 さくらはがっかりしたような、ほっとしたような気持ちになった。


「でも、語るって言っても、私は楓先輩程話せないと思いますよ。私、まだ一巻しか読み終わってないですから」


「大丈夫。このキャラが好きとか、このシーンが良かったとか、そういうのを話してくれれば」


「そういうものですか?」


「そういうものだよ」


 楓が妙に胸を張って、ドヤ顔を浮かべた。良いことを言った感を出している。全然大した事は言っていないのに。


「……じゃあ、先に楓先輩が話してくださいよ。どこのシーンが好きなんですか?」


「そうだな。さくらちゃんにもわかるように一巻の中に限定するなら、やっぱりラストのプールでのキスシーンかな。普段、積極的にアプローチしてたのがヒロインの……」


 と、スイッチが入ったようだ。そこからしばらく、楓はお気に入りのシーンについて熱く激しく語った。


「――というわけで、もう尊い以外の言葉が見つからないというか……それに、ほら!」


 楓が文庫本を開いて、さくらに見せつける。そこには、楓イチオシのシーンの挿絵が描かれていた。


「この絵! この絵も最高! もう最高以外の言葉が出ないよね。作者さんに感謝! 生まれてきてくれてありがとう!」


 と、ここで我に返った楓が、息を整えながらさくらに尋ねてくる。


「じゃあ、次はさくらちゃんの番ね」


「先に言っておきますけど、私はさっきの楓先輩みたいには語れないですからね」


 前置きしてから、さくらは話しだす。


「私は、ヒロインの子にすごく共感しましたね。弱さを受け入れてくれた相手を、コロッと好きになってしまうところとか」


 さくらはかつて楓に自分の弱みをすべて見せてしまったことがある。


 そんなさくらを、楓はすんなりと受け入れてくれた。


 その時から、楓はさくらにとって特別な人になったのだ。


「……なるほど、さくらちゃんの推しはその子なのか。じゃあ、今度はその子の魅力について話そうか」


 楽しそうに語る楓の話を聞きながら、さくらは思った。


 自分には、この小説のヒロインみたいに積極的なアプローチは出来ないけれど、いつかこの気持ちを先輩に届けられたらいいな、と。

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