暇な時間、部室で

風使いオリリン@風折リンゼ

#1 アニメごっこをした

 日常部・所属部員


 宮本楓みやもとかえで(二年・部長)

 松尾雪乃まつおゆきの(二年・副部長)

 天橋卯月あまはしうづき(二年)

 花園はなぞのさくら(一年)

 宮本紅葉みやもともみじ(一年)


   ○


「タイが、曲がっていてよ」


 日常部なる謎の部活の部室となっている空き教室。部員同士で決めたわけではないけれど、なんとなく自分の定位置となっている席に座っていたさくらの胸元に、楓の手が伸びてきた。


「ああ。すいません」


 緩みきっていたリボンタイを結び直してくれるようだ。少しドキドキしてしまう。楓にリボンタイを任せているうちに、ふと気づく。


 ――今の楓先輩の台詞って……。


「うーん……終わったけど……」


 楓が結んだリボンタイは、結び目がぐちゃぐちゃで、長さも揃っていなかった。


「楓先輩、これは?」


 あまりの出来に、思わず突っ込みをいれる。楓が恥ずかしそうに微笑んだ。


「いや、人のタイを結ぶのって、結構難しいんだね。アニメみたいにはいかないや」


 しゅるしゅるとさくらのリボンタイをほどく。


「ごめんね、さくらちゃん。やっぱり自分でやって」


 さくらには、この展開を想像出来ていた。楓はいかにも優等生という見た目で、なんでもそつなくこなせそうなのだけど、実際のところはかなりポンコツなのだ。


「……さっきのって、この間楓先輩が貸してくれたアニメの台詞ですよね?」


 そのアニメは純粋培養の乙女たちが集うお嬢様学校を舞台に、姉妹関係『スール』を結んだ少女達の学園生活が描かれていた百合作品だ。


「そうなの! さっきの台詞は百合オタクとして一度言ってみたかったんだ。というか、それがわかるっていうことは、さくらちゃんはもう観てくれたんだね。さすが私のスール」


「いや、いつ私が楓先輩のスールになったんですか」


「えー、じゃあ、今からなろうよ。私、ちょうどロザリオも持っているから」


 楓のポケットから、ロザリオのネックレスが出てきた。


「……なんでそんなもの持ち歩いているんですか?」


「いつかスールになってくれる女の子が出来た時に渡そうと思って」


「まるで意味が分からないんですけど……」


「さくらちゃんは、私とスールになるのは嫌?」


 ロザリオを差し出しながら、楓がそう尋ねる。さくらは少し考えて――。


「すいません。スールになるのはちょっと……」


 スールの申し入れを拒否した。


「……どうしてって、聞く権利くらい、私にはあるわよね?」


 その言い回しには、聞き覚えがある。


 借りたアニメの作中で、ヒロインの一人が主人公にスールの申し出を断られた時に、そんな感じのことを言っていた気がする。


 どうしたものか。


 楓はやたら百合作品の追体験をしたがるところがある。


 おそらく、この場面はアニメの再現をするのが正解だろう。


 しかし、さくらはこの作品に関してにわか。楓には喜んで欲しいため、乗ってあげたいけれど、返しの台詞が出てこない。


 固まっていると、ジュースを買いに行っていた紅葉が部室に戻って来た。


「……お姉、またさくっちを困らせてるっしょー? てか、何そのロザリオ? お姉、さくっちとスール……だったけ? それにでもなるつもりー?」


 紅葉が楓の手からロザリオをひったくる。


「というか、妹ならあーしがいるじゃん」


「もう、紅葉ったら、いつも言っているでしょ。本物の姉妹とスールは別物なの。スールっていうのは……」


 語りだそうとする楓を、紅葉が手で制する。


「それよりお姉、提出期限が今日までのプリント出してないっしょ?」


「え? なんで知っているの?」


「さっき、ジュース買いに行ったときにさ、お姉の担任と会ったんだけど、お姉が今日部活に出てるか聞かれて。つい出てますって言っちゃったもんだからさ……多分すぐにここへ来ると思うよ」


「なんてことを……」


 急激に楓の顔が青ざめる。


「楓先輩、そのプリントは提出できる状態にあるんですか?」


 楓がぶんぶんと首を振る。予想通りの答えだった。


「ちなみに、結構キレてるっぽかった」


 紅葉の言葉に、楓は決意した。


「……急用が出来たから、私はもう家に帰るね。さくらちゃんも紅葉も後はよろしく」


 バタバタと荷物をまとめて去っていく楓を、さくらと紅葉は見送った。


「……さくっち、いつもお姉がごめんね。付き合いきれないと思ったら、遠慮なくそう言っていいからね?」


「ううん、全然大丈夫だよ。私、楓先輩のことが……」


 思わず口にしそうになった言葉を、すんでのところで止める。


「まあ、確かにこの人ヤバいなって思うことも結構あるけどね」


 ごまかすように、さくらは笑った。


 先輩がいなかったら、私はずっとひとりだっただろう。


 ぼっちだった自分の手を無理やりにでも引いて、今の居場所に連れてきてくれた日から、さくらは楓の事が好きだ。


 だからこそ、アニメの真似事の関係になりたくなかったのだ。


 いつか、アニメの再現ではなく、自分達だけの特別な関係の印としてロザリオを差し出してもらえる日がきたら、その時は喜んでロザリオを受け取ろう。


 そんなことを、さくらは考えるのだった。

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