第159話

 ロジェがホテルに戻ったのは夜も更けるころだった。

 自分の部屋の扉を開けるとプレヌがいた。



 うつむいてベッドに腰かける様子に、しばし近づくのを躊躇する。

 待っていてくれたのだろうか。

 しばらくあらぬ方向を見、言葉を捜した末、隣に腰かける。

「その。……今朝はごめん。言いすぎた」

 プレヌは黙って激しく首を横に振った。

「もういいの。それより」

 向けられた瞳が涙をたたえているのを見て、面食らう。

「どこへ行ってたの?」



 身体を寄せ、訴えるように訊いてくる。

「どこも痛くないの? ねぇ」

「いや、別に、少しそのあたりを歩いてきただけだし」

 戸惑いそう答えても、アップルグリーンを満たした泉は渇いてくれない。

「心配なことはないの? わたしにできることは」

 最後の言葉からいつもの心配症だとかろうじて判断して、苦笑を漏らす。



 つくづくおかしな人だ。

 でも今回は少し度を越しているようなと考えて、思い至る。

 数日前、オペラ座で以前の家族と会ったばかりで、不安定になっているのかもしれない。

 安心させるように、ロジェはプレヌの背中に手を回した。

「だいじょうぶだよ」

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