第107話

「最初は不安で、うまくやってけるかって思ったけど。食事とデートとかしてくうちに、いい人でなんとかなりそうだなって」


 だがその瞳はからっと晴れやかだ。


「そう……」


 リリは小さなブーケを持った手で目尻を弾いた。

「なにより、今日この日にみんなが祝福してくれたことが嬉しくて。ちょっと泣けてきたわ」


「――これからきっと幸せになれるって。今は思ってる」


 ブーケを持っていないほうのリリの手を、プレヌはそっと拾った。


「応援してるわ」


「プレヌリュヌは? なんでパリに?」


 あっと思い至ったようにリリは口元を抑えた。


「もしかしたら、一足先に結婚して、新しい住まいがこっちなの?」


「あ――」


 一瞬視線が落ちた。


 顔を上げたプレヌはおどけたように首をかしげる。


「いいえ。ただ、ちょっとした事情で――」

「まだ仕事してるの?」

「ううんと、そうじゃなくて――」

「複雑そうね。ねぇプレヌリュヌ」

 リリはそっと真っ白いレースの手袋をプレヌの背に添える。


「日曜学校で働いてたときは、自立して生きたいなんて、お互い大きな夢を語ったりしたけど。世間は新時代ふうに生きる女性にはまだまだ厳しいし」


「早くすてきな人を見つけて、あなたにも幸せになってほしいわ」


「リリ――」


 友の名を呟いたプレヌはそのまま口をつぐんだ。

 言葉が続かない。


 代わりのように、沸き立つ集団から、花嫁を呼ぶ声がする。


「じゃぁね。この近くにいるのなら、またきっと会いましょう」


 宙に虹を描くように振られた白い手袋。


 プレヌはそれにこたえる自身の指先の動きがすこしだけ、鈍るのを感じた――。

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