第69話

「そういうお前も相変わらずだな」

「あれ、口に出してたか」

「そのいけすかない男と話す彼女が心配で、小一時間待っているなんて」

「げっ」



 なんで知ってんだよと肩で肩をどつくと、哀れむようにその肩をすくめられた。

「様子を窺うならもっとうまくやれ。通りを挟んだカフェから恨めしげな視線を送るなんて短絡的なやり口はもっての他だ」

「――っ。あああ。腹立つーー!」

 と思いっきり叫んでしまったまさにそのあとで、

「別に、いいんだぜ。お前がプレヌとなに話してようが」

 我ながら説得力ゼロだとは思いつつそんな虚勢を張ってしまう。

「実際、通りを挟んでいては会話も聞きとれなかっただろうからな。それでも見ずにいられなかったというところか。哀れだ」

「その形のいい鼻をへしおってやりたい」

 ひとまずそう毒づいたあと、仕方なく種明かしをする。

「……もう日も暮れてきたから宿まで帰さなきゃなんないし。夜道一人で歩かすわけいかないだろ」



 夕暮れの薄桃色の光がモンマルトルの坂を染めていく。

 旧友のアメジストの瞳にもオレンジが入り混じり、認めたくはないがまことに絵になっている。

「……親友として、その性格は時々歯がゆくなる。優しさがあまりにひたむきで報われない。恋愛ではお前は損なタイプだ。昔から」

「なんつー余計なお世話だよ。もういいよ」



 坂を少し上ったさきで熱心に異国の風景画に見入っているプレヌのもとへと駆け出したロジェを、旧友の声がひきとめた。

「あともう一つだけ忠告しよう。――ロジェ」

 さわやかですずやかでそこが癪に障る声が、一段、低くなった。

「――今回摘んだバラにかぎっては、ぜったいに逃すなよ」

「――っ?」

 振り向いたときに見えたのは、片手を振って歩み去る旧友のすらりとした後姿だった。

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