第64話

 一方、食欲旺盛な学生たちに押されながら、生き生きと動くプレヌを、ロジェは満足そうに眺めていた。

 配分係を彼女にしたのは我ながら正解だった。

 なにより配って回っているプレヌも、てんてこまいながらも楽しそうだ。



「ねぇ、かわいい売り子さんだね」

「きみ、このへんの子?」



 学生の中には、どさくさに紛れてナンパしようとする不届き者までいる。

 ちょっとサービスしすぎたか。

 一仕事終えたプレヌはいっしょにケーキ食べようよなどと言われている。

 このへんで連れ戻しに行くべきのようだ。

 柵から背を離すと同時に、声をかけられた。

「たまには近況でも訊こうかと思って連絡してみたら、恋人自慢を持ってこられるとはな」



 澄んだ中低音。

 アメジストの目にグレイの髪。

 シルクのジャケットに紺のクラヴァット。華美ではないものも彼が着ると、癪だがどこか華やぎがある。

 今回宅配スイーツを依頼してきた張本人が、傍らに立っていた。

 さきほどプレヌを手伝っていた若い紳士だ。

「悔しかったらお前もがんばるんだな、エルネスト」 



 エルネストと呼んだ彼とは客と料理人以前に、勝手知ったる仲だった。

 ソルボンヌ大学をともに卒業した同期なのだ。

 優等生だった友人は今は開業医の傍ら、大学でも教鞭をとっている。



「王子様みたいな顔して、相変わらず学問が恋人か」

「人を病から救う道に生涯を捧げていると言ってほしいもんだ」



 傍らに陣取り、柵に腕を預ける姿すら様になるという、昔から同性にとっては存在自体が皮肉のような男だった。

 と回顧していたら、存在自体皮肉の男が皮肉を投げかけてきた。



「学生時代睡眠学習に励んでいたお前が教授のお目玉をくらいそうになったとき、ひそかに答えを囁いてやっていた恩を忘れたか」

「うぐ」

 それを出されると返す言葉のないロジェである。

「けっ。ありがとよ。どうせこちとら、エリート街道直進の優等生様に、救われていた哀れな貧乏学生だよ」

 どうにもひねりの足りない皮肉をかろうじて返すと、今度は神妙な視線を投じられた。

「お前も、診察しようか」

「は?」

 冗談かと思ったが、すがめられた瞳と真面目な表情を見るに違うらしい。

「相変わらず、ほとんど寝てないんだろ」

「……まぁ」

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