第56話

 首をふって平常心に戻ろうとつとめつつ、出口に向かって歩き出す。

 その声がきこえてきたのは、もう少しで階段にさしかかろうとするときだった。

「わかりました。その、お約束します。一週間後の夜十九時二十分ちょうどに、劇場のすべての電気がストップします」

 聞き覚えのない声。

 一週間後の十九時台といえば、ちょうど『エクレール』のライブ中の時間だ。

 その内容以上に、なんだか声を潜めている様子なのが気になった。

 電気をストップ?

 絶えず照明を使うライブ中にそんなことあり得るのだろうか。

 それともなにかの演出かな。

 なんとなく気になって足を止める。

「その……ブレーカーが落ちるよう、コンピュータに仕組んでおきますので」

 コンピュータに仕組む? どういうこと?

 扉の上に四角く空いた窓ガラスの向こうに、機械がたくさん並んでいて、そこに駆くんのマネージャーの塚本さんと、お母さんがいる。

 パソコンの前にいる人になにかを渡してる。

 なんだかいやな感じがする。

 あわてて窓から目をはなし、扉の表側にはりついて、中の会話に耳をすます。

「いいですか、十九時二十分。一路のみが舞台上で空中にいるときは演出上、そのときしかないんですからね」

 どきっと心臓が鳴った。

 一路――純の名前をきいた、その瞬間。

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