第55話

 駆くんと出会ったときの、お母さんの様子が思い出される。

 駆くんのお母さんは、彼が芸能人でもなんでもないあたしに親切にしてくれるのを、快く思っていないようだった。

 あの様子で毎日接せられることを想うと、あたしでもげんなりする。

「そっか。駆くんのことを想ってのことなのかもしれないけど、子どもとしては、複雑だよね」

「そうなんだ。僕は、人を傷つけて上に上り詰めようと思わない。そういうのは母さん、意気地がないっていうけど。でも」

 うん、と力強くうなずく。

「あたし、駆くんはまちがってないと思う。先輩の背中をいっしょうけんめい追いかけたり、あたしなんかにも親切にしてくれたり。駆くんは駆くんのよさをなくさずに、進めばいいよ」

「……花乃ちゃん」

 しばらく驚いたようにこっちを見る駆くんに太鼓判を押す意味でも、にっこり笑うと、ちょっと泣きそうな顔で笑って、彼はうつむいた。

「……早く大人になりたいな。母さんの力を借りないでも、一人で仕事回していきたい」

「うん。ぜったいなれる。時間がたてば中学生アイドルもちゃーんと大人のアイドルになるんだから! 心配しなさんな」

 自分でもなぜかわからないけれど、どんと胸をたたいてみせると、駆くんはおかしそうに笑った。

「花乃ちゃんに言ってもらえると、そうかなって気がしてくる」

「え。そ、そうかな。だと、いいんだけど」

「うん」

 ふいに笑顔を消して、真剣な瞳で、駆くんが言った。

「花乃ちゃんは、素敵な子だと、思う」

「……」

 そんなこと言われたのはじめて。

 しかも男の子に。

 あっけにとられていると、照れたように駆くんはこめかみをかいた。

「ごめん、急にこんなこと言って」

「いやその。そんな」

 なんとなく気まずそうに、駆くんは足を踏み出した。

「その、僕、そろそろ行くね。このあとレッスンだからさ」

「う、うん。がんばって」

 手をふって、さわやかな後ろ姿を見送る。

 なんか今日は、とことん調子が狂う。

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