第48話

 それは決して怒っている声じゃない。それなのに気の毒にその言葉にすらも塚本さんは肩を震わせている。

「千葉さんはめったにそういうミスはないし、したとしても、すぐ直接報告と相談に来ると思うんだ」

「いえ、その、いろいろ、忙しいんじゃないでしょうか」

 腑に落ちない様子で、それでも純はうなずいた。

「わかりました。ありがとう」

「いえ……」

 それとわからないくらいの角度で頭を下げると、塚本さんは早々に観客席後方の扉から出て行った。

 まだ考え込んでいる純をそっと見やる。明日の公演で使うものがない。大変だ。

 でも、まず気になるのは。

「さっき、塚本さん、カチューシャって言ったよね? どうしてそんなもの?」

 シリアスだった純の顔が、うげっと崩れた。

「……いいだろべつに」

 こうなってくるとよけいに気になる。

「あ、わかった! 来てくれたファンの子にプレゼントするんだ。舞台から投げるやつね!」

「いや」

「え? 違うの?」

 だったらなんなんだろう。

 答えたくなさそうに純はそっぽを向いて髪をかいている。

 短く息を吐くと、ようやく教えてくれた。

「トークコーナーで動物のカチューシャをつけるってメンバー内で決まったんだよ」

 ……。

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