5.ドキドキなおつかい
第47話
正面に楕円形のステージ。
真上にいくつもの照明用のライト。舞台右には大きなスピーカー。
今日は休演日なのに、『エクレール』ライブツアーを支えるスタッフさんたちが設備の点検をする声が飛び交っている。
その全体が見渡せる客席の一番後ろに、あたしはいた。
となりにはもちろん、純がいる。いつもの攻め系イケイケファッションを返上して、シンプルなトレーニングウェアなのは早朝に自主練をしていたかららしい。彼がステージの上を指さす。
「あの輪っかになってる部分にオレたちが入って、左右を支える棒状の部分で移動する。わかるか」
「うん……!」
生のライブステージ。
あつあつのオーブンでふくらむカップケーキのように、着実に物語のイメージが湧き上がってくる。
あれでアイドルのヒーローは、客席にいる主人公のもとに降り立つんだ。
感動のあまり観察を忘れそうになっていると。
「あれ。塚本さん?」
純が急ぎ足で前を横切ったワイシャツ姿の男の人を呼び止めると、その大柄な身体がびくりと反応する。
「あ。純さん。……これは気がつかずに、失礼しました」
そう言うスーツ姿のその人はどこか顔色が悪い。
吹き出す汗をぬぐうそのしぐさもどこか落ちつかないように見えた。
純に気がつかなかったのがよっぽど気まずいのかな。
ちょっと不思議に思ったけど、純の次の一言ですべてふっとんでしまった。
「駆も今日来てるんですか」
なんですと。
思わぬ情報に耳がダンボになる。
アイドルグループ『リトル・トゥインクル』の駆くんが、テレビ局の入り口で困っていたあたしを案内してくれたことは忘れもしない。
あたしと同じ中学生にして神アイドルのあの、駆くんが?
「え、ええ。先輩のライブ会場を、今後の勉強のために見学しておきたいと。お忙しいところすみません」
純にそっと尋ねると、塚本さんは、駆くんのマネージャーさんらしい。
「へぇ。さすが駆だ。感心ですね」
ほんと、純の言う通りだ。
「い、いやぁ、あはは」
自分のついているアイドルがほめられたというのに、照れているというよりもどこか気づまりそうにあいまいに相槌をうつと、塚本さんは言った。
「そ、それより、純さんのマネージャーの千葉さんから、その、伝言を頼まれていまして」
唐突な言葉に、純が形のいい眉を顰める。
「明日の夜の公演から使うカチューシャの購入を忘れていたそうで」
「なんだって? 千葉さんが?」
驚きの声を上げた純に、塚本さんはかわいそうになるくらい申し訳なさそうに、
「そのぅ。できたら演出担当の純さんに、代わりに見繕っていただきたいと」
あごに手をあてて考え込んで、純が一言呟く。
「……おかしいな」
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