第46話

「へへーん。純に指摘されたラストシーン、代替え案を思いついたんだ」

 大きな彼の瞳が、獲物を見つけた猫のようにきらりと光る。

「へぇ」

 テレビ局の控室で純に取材したなかで一番印象に残ったのは、ライブの演出についてきいたときの答えだった。

 ライブではメンバーそれぞれが特別な機械で会場を飛んでいるように見せる演出もあるんだって。細長い棒のようなもので天井から身体を支えて移動するらしい。

「瞬間移動がむりなら、その機械を使うのはどうかなって。ヒロインのところまで会場を飛んで行くの。ロマンチックじゃない?」

 空から飛んできた恋人に抱きしめられるなんて。

 女の子にとっては憧れだ。

「ふーん」

 憧れの世界から戻ってきてみると、純の口の端がひくひく動いている。

「こっちの案にも、なんか問題あるかな?」

 きいてみると、いや、と彼は右手を上げる。

「花乃は、鳥人間が理想のタイプなのかって思ってさ」

 カラスのくちばしでどぶすっと頭をつかれたような衝撃が走る。

「まぁ、好みはそれぞれだしな。野生的に重力と戦う、たくましい感じもするし。いいんじゃないか。鳥人間」

 耐えられず、くちばしはないから、グーに握りしめたこぶしで抗議する。

「ちがうよー。もうっ。ちゃんとアイドルらしい衣装で、きらきらのスポットライトに照らされて彼が飛んでくるの。キュンキュンするシーンのイメージを壊さないでよ」

「ばーか。わかってるよ。言ってみただけだ」

 あたしの抗議のグーを開いたパーで受けとめると、純はふいに真面目な顔になる。

「たしかにさいきんじゃ、フライングはコンピュータ操作でかなり自由に会場を移動できるものもあるからな。いいとこに目をつけた」

 会場と飛ぶように見せる演出のことは、フライングって言うんだ。

「あれってどんなしかけになってるの? できれば、もうちょっと詳しく知りたいな」

「それなら、見たほうが早いだろ」

 え。

 またこいつは、すごいことをいともかんたんに言ってのける。

「そんな」

 もしや、来週からはじまるライブツアーの会場に来いとでも言うのだろうか。

 今までの経験からするに、鳥人、いや違った、この超人アイドルはそんなことも言い出しかねない。

 いくら素人のあたしでもそこが修羅場なんだろうってことくらいわかる。

 あたしの想いを読んだのか、純が目力をぐっとやわらげた。

「ライブ本番中や前後はそりゃ無理だ。でも、休演日なら、会場に人も少ない。ねらい目だぜ」

 いかにもさわやかアイドルな笑顔で、純はサングラスの奥の片目をつむってみせた。

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