第44話
テレビ局見学の数週間後のある日、学校から帰ったあたしはやっぱり桜峰図書館に直行していた。
原稿がなくなってしまったことはかなりショックだったけど、そのたび純の言葉が頭の中にこだました。
『オレが見こんだ小説だ』
さいしょはばかにしていたくせに、どこまで本気かわかったもんじゃない。けど。
あのときの真剣な目が忘れられなくて。
まがりなりにも、あんなふうに言ってもらったからには、いつまでもへこたれてなんかいられない。あれから毎日ここへきては、前の原稿に書いた文章を思い出して、書き起こす作業にいそしんでいたというわけなのだ。
一度書いた文章をもう一度書いてみると、ふしぎともっといい表現が浮かんだりもする。
これも作家修行だ。あたたかな照明の下、ペンを動かす。
主人公の恋の相手の彼は、イケメンで誰より努力家で、ちょっぴり自信家で。
そして……じつはすごく優しい。
ヒーローについて文章を書く手がふいに止まる。
自然と脳内に再生されるのは、二週間前の映像。壁と同じ長さの鏡と机のある控室。今思い返してみても、夢みたいな出来事だったな。
やわらかな明かりの下、ぼうっと目の前の一面ガラスに広がる夕暮れ時の公園を眺める。
『書きつづけろよ。これからも』
なぜかまた、あいつの声が浮かんできて、ぶんぶん首を横にふった。
そのとき、どさっと、目の前の机に、信じられないものが投げ出される。
原稿用紙の束にしきつめられているのは、いつも見ているあたしの字。
ところどころシミになったり破けたりしているけど、文字はほとんど読める。まぎれもない、大事なあたしの原稿だ。
「たしかに、返すぜ」
そして後ろから、もっと信じられない声がする。
純はいつものサングラスに、白いシャツ、ダークレッドのアウター姿だった。
いや、そんなにごく自然に渡されても。
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