第42話

 控室から出てすぐの廊下を目的もなく速足で歩く。

 ただの一般人のあたしが机の上に私物を置いたもの悪かった。

 やっぱりあたしなんか、純や亜莉珠ちゃんとは遠い世界にいる、ただのちっぽけな存在なんだ。

 目の前が曇って、見えなくなりそうで、ぐっと服の袖でぬぐう。

「おい」

 誰かに呼び止められたけど、できれば無視して進みたい気分だった。

 でも、そうはいかない。

 彼はアイドルで、あたしはただの女の子だから。

 立ち止まると、背後から、声が続ける。

「もう帰るのか? ちょっと待てよ、さっきの取材、終わらしてからにしようぜ。直した小説、見たい」

 身の程は十分知ったはずなのに、それでも、その言葉が嬉しくて、また涙がにじむ。

 ごくん、と空気のかたまりを飲みこんだ。

 やっとのことで、返事をする。

「それは、むりだよ」

「……?」

 そのとき、廊下の角の向こうからかわいらしい声がした。

「純ー! 仕上がったポスターの配置、見てほしいとこがあるんだけど」

 亜莉珠ちゃんが角から姿を現す直前だった。

 急に手をとられて、引き寄せられる。

 次の瞬間、あたしはドアの裏側にいた。廊下に並んでいるうちのある部屋の扉が開け放たれていて、その後ろに引っぱりこまれたんだ。

「あれ? どこ行ったのかしら。純、純ー」

 亜莉珠ちゃんは純を探しにいってしまうけど、とうぜん、当人はここ、ドアの裏で、あたしの腕を掴んでいる。

 息がかかりそうなほど近くで、低く、ささやかれる。

「なんで泣いてる」

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