第40話
アイドルってお休みとかどうしてるの?
コンサートはどんなふうに作られていって、本番前はどんな時間を過ごすの?
なにも知らないあたしの疑問の一つ一つに、純は丁寧に答えてくれた。
そうしていく中で、徐々に、頭の中の小説の登場人物――主人公が恋するアイドルのイメージが生き生きと立ち上がってくる。
たった二人だけの取材はほんの五分にも満たなかった。
すぐに千葉さんが純を呼びにやってきて、また『エクレール』新たに振り付けの練習。
つくづくハードなスケジュールだ。
あたしはその様子を扉の外からメモをとりながら眺めていたけれど、後半はスタッフとメンバーだけで打ち合わせがしたいということだったので、さきに控室に戻っていることにした。
ほんの一瞬だけど、純と過ごした部屋。
そう思うとなんだかまたぼうっとしてしまいそうで首をふってから、扉を開けた。
開けた瞬間、ぽかんと口を開けた。
ソファに、すらりと長い足を投げて腰かけ、目の前に大きなポスターを広げて眺めている女の子。
海の背景が合成されたポスターの中で微笑む夏服の女の子も、真剣なまなざしでそれを食い入るように見る女の子も、同じ端正な顔をしていた。肩にかかる、さらさらのセミロングヘア。
亜莉珠ちゃんだ。
彼女はポスターから顔を上げずに言った。
「おかえりー」
「あ、あの」
今、休憩中なのかな? それともお仕事中?
「あたし、ここにいたら邪魔、ですよね」
とっさにそんな一言が出たのは、ちょっとだけ怖いなと思ってしまったのもある。
さっき亜莉珠ちゃんに言われた言葉がよみがえってきたんだ。
そんなこと覚えてもいないような笑顔で亜莉珠ちゃんは答えた。
「ううん。平気だよー。ここでゆっくりして」
その言葉にほっとする。
やっぱりさっきの言葉、悪気はなかったんだ。
でも、亜莉珠ちゃんと二人きりか。
なに話したらいいんだろう。緊張するなんてもんじゃない。
なんとも心もとない心境で、
「じゃ、失礼します」
と一応断って鏡の前の席の一つに腰かけたはいいけど。
亜莉珠ちゃんは真剣に自分の映ったポスターをチェックしていてなにも言わない。
ううー、気まずい。沈黙が痛い。
そうだ。
あたしだってチェックしなくちゃ。
純からたくさん話をきいたんだし、レッスンの様子も見せてもらったんだから、小説の芸能界ついての文章でおかしなところはないか、見ておこう。
それだけじゃない。すでに頭の中に、つけ加えたいシーンのアイディアもあった。
そう思ってテーブルの上を見て――あれ、と思わず呟く。
じわりと黒いシミのような不安が、心に徐々に広がっていくのがわかる。
「原稿が、ない……」
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