第39話

「オレもさ、監督や振付師に何度もダメ出しされて、時にはぶつかることも納得いかないこともある。大喧嘩したあとで相手の言うことが見えてきて、いいパフォーマンスが見つかったりするんだ」

 後ろに気配がして鏡を見ると、純の右腕が、座っている椅子にかけられている。

「エンターテイメントをつくるってさ、痛みを伴う作業だと思う。でも観客に伝わったその一瞬は、何倍もの気持ちよさが待ってるんだ」

  鏡ごしにまっすぐ見つめてくるその目の輝きが、あまりにきれいすぎて、ふいに目をそらした。

「……あたしのへぼ小説と、純たちのプロの演技じゃぜんぜん違うよ」

 否定する言葉を放っても、その大きな目はちっとも揺らがず、かえっておもしろそうな光を宿す。

「違わないって。もちろん、それなりのことはしてるつもりだけど、オレらがたくさんの人に応援してもらってるのは、単にラッキーだっただけなんだ」

 くるりと背を向けて、彼はコーヒーを飲み干す。

「注目されてるから価値が高いとはかぎらない。がむしゃらにがんばってるやつはどこにでもいる。そのへんの芸能人よりずっと努力してるやつも」

 ぽんと頭に手が置かれる。

「ずっといいものの見方するやつもな」

 気がつくと純の瞳は鏡越しじゃなくて、じかにあたしにすえ置かれていて。

 あたしにはもったいないくらいきれいで。

「そういうやつがたまに、すごくまぶしく感じることがあるんだ」

 今までで一番、優しいまなざしだった。

「……」

 でも、その表情は一瞬で、すぐに意地悪なくすくす笑いにとってかわる。

「なんだよ、ぼけーっとして」

 しまった。

 またもや知らずに見入ってしまったみたいだ。

「今は超多忙なアイドルの手が空いてる貴重な数分間だ。小説のためにいろいろきいとかなくていいのか」

 はっと息をのんで、急いで原稿を手にとって身構える。

「いっぱい、ききたいことがあるの。アイドルの生活や、お仕事にかける想いについて、教えてください!」

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