第38話

「そ、そんな。あたしなんか、ぜんぜん。亜莉珠ちゃんみたくかわいくないし」

「え?」

 純が戸惑ったように片方の眉をあげる。

「え?」

 絶賛混乱していると、彼はん、とあごで、鏡の前のテーブルを指す。

 そこには小説の原稿があった。

 ここで取材したことを、今の原稿のどこに活かせるか、どんなところにどんな文章や場面をつけ加えたらいいか、現場を見たあとすぐに考えたくて、持ってきていたのだ。

 見せたほうがいいって、小説のことか。

 がんっと平凡顔を鏡に打ちつけたくなる。

 あたしってばなに考えてんだ。

「かんたんに言わないでよ。人に見せるの、すごく勇気がいるんだから」

 ペットボトルが空になると、純はさっき千葉さんが補充していったインスタントコーヒーの粉をかたわらにあったマグカップに入れる。

 温かい湯気といい香りが、室内に充満する。

「そりゃわかるけどさ。こういうもんは人の目に触れることで、削られて磨かれていくんだぜ」

 その言葉の調子は意外にやわらかい。

 それって。

 湯気の向こうたたずむ原稿用紙の上に、ぼんやりとおしゃれな桜峰図書館の風景が浮き上がってくる。

『何本も引かれた二重線に、書き直しの跡。これはお前が……誰かを楽しませようとあがいた跡だ』

 あのとき彼にかけられた言葉で、気持ちがくっきり見えるようになったように?

 コトリと音がして見ると、目の前にコーヒーの入ったカップが置かれていた。

 背中に彼の持つマグからの湯気の熱を感じる。

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