第37話

 虚を突かれたように大きな目立つ目をさらにまんまるくして、純は袋を受けとる。

「これ。マネージャーに頼んだやつ」

 驚く彼にバーガーを渡しながらふふっと笑ってしまう。

「ライブ前はドッグバーガーなんて。『エクレール』ってアイドルなのに庶民的なんだね」

「千葉マネージャーに、頼まれたのか?」

「なかなか頼まれてくれなかったけど、いっしょうけんめいお願いしたんだ。取材のお礼にこれくらいしなくっちゃ!」

 腕まくりして笑ってみせるけど、純はまだ呆然とした顔のままだ。

「そっか。――ありがとな」

 ふいににこっと笑った顔に一瞬、魅せられて、あわてて目をそらした。

 顔のあたりがあつい。

 やっぱりだめだ、いけない、こんなシチュエーション。

 国民的アイドルを一瞬でもこの地味系女子のあたしが独り占めするなんて。

 ふいに鏡に視線を戻すと、ななめ後ろに座った純が、鏡の中のあたしをじっと見つめていることに気づく。

 なにかと思って見返してみるけど、彼はなにも言わない。

 大勢の人が忙しく走り回るスタジオと一つ仕切りを隔てただけの一室で、しんと静まり返ったまま、見つめあう形になってしまう。

「……あの。なんか顔についてる?」

 鏡を見つめたままそんな的外れな質問を投げかけると、ソファで足を組んで、またペットボトルのふたを開けながら、純がぼそりと呟いた。

「もっと、いろんな人に、じゃんじゃん見せつけたほうがいいぞ、お前」

 どきっと、不覚にも一回、心臓が跳ねてしまう。

「え?」

 どういうこと?

 見せつけたほうがいいって、あたしを?

 いろんな人に――。

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