第33話

 今、こっち見た?

 いや、そんなわけないよね。

 どぎまぎしつつ、見られたかもしれないと思ったことで、ぼけっとつっ立っている自分のまぬけな姿が強烈に自覚されてなんだか恥ずかしくなってきた。

 いけない。

 取材にきたんだ。集中しなきゃ。

 持参したノートとペンを取り出して、映画ポスターの撮影現場にあるものや感じた雰囲気をメモにかかっていると、

「いったん、休憩に入ります」

 スタッフさんの声がして、スタジオの前のほうに集まっていたカメラマンさんたちが、少しずつちらばりはじめる。

 額に伝う汗をタオルでぬぐう人、ペットボトルの水を含む人、休憩に入っても打ち合わせを続ける人もいる。

 そんなことも含めてノートに熱心に書きこむ。

 見聞きしたことは忘れないようにしなくちゃ。

 なにが小説に活きるかわからない。

「あなたが、花乃ちゃん?」

 ふいに響いたかわいらしい声。反射的に顔をあげて、ぎゃふっと声を上げそうになるのをかろうじてこらえる。

「少女小説作家志望さん、なんだよね!」

 にっこり笑うとさらに華やか。

 南方亜莉珠ちゃん。カテゴリー・女優。それも人気女優。つまり、あたしとは別の生き物がそこに立っていた。つまり、異常事態だ。頭の中で警報が鳴る。

「話はきいてるんだ。なんでも純に小説を見こまれて、取材に来たとか」

 グロスの塗られたその唇がかわいらしく動くほど、それにあわせて肩のつやつや髪が揺れるほど、美しさなんかかけらもないこの平凡な顔面に血が上るのがわかる。

「見こまれたわけじゃないです! ぜんぜん! ただ、ご厚意で、取材させてもらってるっていうか」

 ほぼほぼパニックになって首を横にふる。

 こんな愛らしい子に、テレビできいた通りのかわいくてソフトな甘い声で話しかけられるなんて。

 嬉しすぎる。



「ほんと、そうだよね。笑っちゃう」

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