第29話

「しばらく、となりのスタジオを見学していてほしいと、純さんからご伝言です」

「あ、あの、その」

 しどろもどろになりながら、

「純は。じゃなくて、純さんとは、話せませんか」

 言ってしまってからはっとなる。

 あたしってばなに言ってるんだろう。

 あのシビアなレッスンの状況を考えたらそんなこと無理なのはわかりきってる。

 それに、会ったところでどうするって言うんだろう。

 でも、汗を流して奮闘する彼を見たら、なにか声をかけずにいられないような、そんな気分になっていた。

「純さんはこれからライブのスタッフとともに四時間は会議室にこもります」

「えっ」

 四十キロの米俵を頭上にくらったかのような衝撃だったけど、千葉さんの顔色は変わらない。横からそっと駆くんが補足してくれる。

「演出の打ち合わせなんだ。深夜までやってることもざらなんだよ」

 舞台演出。さっきも駆くんからそんなようなこときいたけど――。

 あ。

 ふいにある本のタイトルが浮かぶ。

『舞台演出の歴史』。

 演出っていうのは、舞台から煙を出したり、照明をあてたりするタイミングや、音楽も含めて、ステージの見せ方のことを言うんだ。

 桜峰図書館で純があの本を借りたのは、ライブの演出の参考にするためなんだ。

 あたしが、アイドルのライブシーンを小説に書くための資料として借りていた本を、次に本物のアイドルがライブをつくるために借りていくなんて。

本としてもびっくりな行く末だろう。

「ずっとついていてさしあげたいのですが、それが叶わず申し訳ありません。スケジュールの調整と、買い物もありますので」

 さらに心苦しそうに言う千葉さんの言葉の一部に肩が反応する。

「買い物?」

 ええ、と優しげな笑顔を添えて返事が返ってくる。

「みなさんに必要なものをそろえる雑用も我々の仕事ですから。今日は純さんの代わりにドッグバーガーに買いにいきます」

「ええっ」

 ドックバーガーって、このあたりで有名なハンバーガーのチェーン店。

「エクレールのみなさんがライブの練習時に、気合いをいれるためにみなさんでめしあがるもので、定期的に調達に行くんですよ」

 そんな細かいことまで。

 気配りに余念がない。

 芸能人の稽古もすごいの一言なら、それを支える人たちもほんと、すごいね……。

 スケジュールの調整からお稽古の様子のチェック、買い出しまで、全部一人でこなしてるんだな……。

 そう思うと同時に、名案を思いついた。

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