第25話

「一路! 振りが違う! なにやってる!」

 鋭い怒声に、びくりと身体がはねる。

「すみません!」

 舞台総監督らしきひとに怒鳴られた純はがばっと頭を下げた。

 その周囲には真剣な面差しの『エクレール』のメンバーがいる。純のとなりに愛内くん。

 前の列に、藤波くんと美谷島くん。このあいだ行った音楽フェスのステージでのわきあいあいとした雰囲気が信じられない緊張感だ。

 駆くんに連れられてきたのはとある広い部屋の扉の前。扉は全体がガラスになっていて、中がうかがえる。

 邪魔にならないように廊下から中をのぞきこむあたしたちに目をくれる人は一人もいなかった。

「あんなに大声で怒鳴られて、純だいじょうぶなのかな……」

 純だけじゃない。メンバーのそれぞれがすでに何度も怒声を浴びている。こんなに怒られたら、あたしだったらすくみあがってしまう。

「心配ないよ。こんなのはふつうなんだ。僕なんかこの三倍は怒られてるかな」

 となりの駆くんがさらっと信じがたいことを言う。

「とくに、『エクレール』さんは、二週間後から都心の会場でライブがスタートするからね。パフォーマンスを磨くことに余念がないんだよ」

 あたしの心配なんてよそに純はひるむことなく堂々とみんなに意見を出している。振りのキメのポーズのとき手は斜めの向きに変更したほうがいいんじゃないかとか、角度をそろえたいとか。

「毎回ライブでは、純さんは舞台演出も担当してるからね。意見が食い違う大きな衝突だって、何度も乗り越えてる」

 またも当たり前のように駆くんは説明してくれるけど……すごい。

 純も。藤波くんも美谷島くんも愛内くんも。

 あたしと年が変わらない駆くんも、厳しいプロの世界にいるんだ。

「心配なのは、どちらかというと、正真しょうまさんかな」

 正真くんというのはたしか、藤波くんの下の名前だ。

 言われて稽古のTシャツ姿の彼を見るけど、当然ながら踊りはすごくうまい。ミスもしないし、安定しているみたいだけど。

 あたしの疑問に答えるように、駆くんは静かに言った。

「先週のアクション映画の撮影で、足を負傷してるんだ」

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