第19話
思わず頭をかかえたのに、遠慮のない言葉はまだやまない。
「たしかにあの小説はへっぽこだ」
「あぁもう、へっぽこぺっぽこ言うなー」
「だがキモいとか恥ずかしいとかいうことはぜったいにない。恥ずかしがることなんか、なんもない」
「……ん?」
見ろ、という声とともに、長い指がぴしっと原稿用紙の表面をたたく。
「何本も引かれた二重線に、書き直しの跡。これはお前が……誰かを楽しませようとあがいた跡だ」
がたんと音がしたかと思うと、純が座っている椅子を傾けて、ぐっとこちらの席に向かって身を乗り出しているのだった。
「胸張って、プライド持てよ。少なくとも、お前は今スタートラインにしゃんと立ってる」
そういうあんたの体勢はかなりぐらっぐらだよ。四つある椅子の棒一つしか床についてないじゃん。危ないよ。
「たしかにたかがスタートラインだが、立っているやつのことをばかにするやつらよりはるかに進んだところだ」
危ない。これ以上言ったら。
「せっかく見こみのあるやつが、ちょっとした批判なんかで縮こまってるの。オレ、そういうのが一番きらいなんだよ」
――ほら、泣きそうになる。
ナイフのように鋭く放たれた言葉。
でもそれは傷つけるナイフじゃなかった。
あたしの目の中にある余分なものをけずりとって、ほんものの気持ちを浮き彫りにしていく。
一粒だけこぼれた涙の粒を腕でぐっとぬぐう。
「うん。あたし、悔しい。まだ、負けたくない」
サングラスの下の形のいい口元が、不敵に弧を描いた。
「その、よかったら、これからも芸能界のこと、取材させてくれませんか!」
がたん、と音をたてて、椅子が定位置におさまる。
「よく言った」
さっと音を立てて、なにやら目の前に用紙がスライドしてくる。
「それじゃ、次はここだ」
テレビ局への地図。
見出しにそう書かれたプリントだった。
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