第10話
貝ヶ浜公園は、電車に乗って二十分くらいのところで降りた駅の真ん前にある、海沿いの大きな公園だ。今日はいつにもまして人通りがすごいのは、春らしいいい天気だからってだけじゃない。音楽フェスタが開催されているからだ。石の門で囲まれた広々した公園の入り口には大きなボードが立てかけられていて、黄色地にピンクの文字で『音楽フェスタ・ニューウェイ』の文字が踊っている。
ベンチや噴水のある広間にはチョコバナナややきそばの屋台が出ている。そこを抜けて奥に進むと、天井にテントを貼った仮設の舞台がとりつけられて、その前はたくさんの人々でひしめいている。全席立ち見みたいだ。
その一番後ろに加わりつつ、ちらりと腕時計を見ると、十二時五分前をさしていた。
サングラス男に言われたとおり、お昼につくようにきた。
音楽フェスタについて調べたら、新人アーティストたちが呼ばれて、曲を披露するお祭りらしい。
これで芸能界のことを勉強しろってことなのかなと思ったときにはちょっとしゃくにさわったけど、自分の芸能界へのうとさを思うと、それも納得に思えて、しぶしぶこうしてやってきたのだ。
しばらくすると、舞台の上に音楽フェス『ニューウェイ』のロゴの入ったTシャツを着た司会者らしき女の人がでてきて、みなさんこんにちはとあいさつする。
「本日は、音楽フェスタ・ニューウェイにおこしいただき、ありがとうございます! 各アーティストの演奏に入る前に、じつは、嬉しいお知らせがあります。みなさんにはナイショで、じつは……」
なんだろうと観客の人たちがかすかにざわつく。
司会者の人は、そこで舞台袖に意味ありげに目くばせしたかと思うと、ぱっと左手をあげた。
「大人気グループ、『エクレール』がかけつけてくれました! それでは、メンバーのみなさん、よろしくお願いいたします!」
同時に沸き起こる、わぁぁっという歓声。
高らかなパーカッションに続いて、ヴァイオリンの音が鳴り響く。
エクレールの最新曲『うまく歩けないきみが好き』の前奏だ。
ひぇぇ、すごい!
あたしはそれほど『エクレール』に興味があったわけじゃなかったけど、それでもこの場を包む人々の熱気につられて胸が高鳴るのを感じる。
歌声とともに舞台に現れたのは、四つの人影。
きらきらしたカラフルな衣装を着て、サングラスをかけてる高校生くらいの男の子たち――『エクレール』のメンバーだ!
その一番右端にいる人物を見て、あたしは目を三度もこすった。
あいつだ。図書館で原稿をつっかえしてきた、あいつがいる。
エクレールのメンバーの中に。
なんで?
答えはすでに明らかなのに、心の中でそう呟いてしまうほど、信じられなかった。
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