第3話
「ファンの前で特定の一人にプロポーズなんて、アイドルとしてかなりのタブーを犯してるっていうのはあるが、女子の願望を可能にするのが小説の役目とするなら、まだいいとするとしても。舞台上でファンに好きな人がいると発表した数秒後にどうやって二階席の後ろにいるヒロインのとなりにいるって言うんだ。物理的に不可能だろ」
そ、それは。
すらすらと流れるように繰り出される指摘が心にくいこむ。反論できない。
そうしているうちにサングラスの角度がかわって、こっちに向けられる。
「芸能界のことを書くなら、アイドルやライブについてちゃんと取材したのか?」
い、一応。と、やっとのことで声をしぼりだす。知らないことを小説に書くときに取材が必要なことくらい、あたしも知っている。
「……友達が、アイドルグループの『エクレール』のファンなんだけど、東京ドームくらいのおっきいライブ会場で、天井に頭がつくくらい高い位置にいたメンバーが、一瞬で舞台の上に移動した演出にすごく感動したって」
形のいい口元から呆れたような短い息がもれた。
「そりゃシンプルなトリックだ。天井近くにいたメンバーは、『エクレール』のメンバーに衣装と髪型を似せた影武者なんだよ」
ええっ。それってつまり、片方はニセモノってこと。
「このヒーローの場合、恋人がいることをファンに告知したあと瞬間移動し、かつヒロインに告白するわけだから、両者とも本物ってことになる。舞台演出のトリックを使っても、そんなことはありえないんだ」
あ……。
何も言えずに立ち尽くしていると、ぱたんと本を閉じる音がした。
その一瞬後で、頭の上に手のひらの感覚が。
「もっと勉強しろ。へぼ作家」
すたすたと立ち去る靴音。
残されたのはあたしと、そして。
ちら、と机の前に置かれた原稿に目をやる。
「へぼ作家……?」
ワンテンポ遅れて、わなわなと、口元が震え出すのがわかる。
ここは図書館。うるさくしてはいけないってわかってるけど。
「なにあいつ!」
精いっぱいの小声でそうつぶやくと、あたしはきびすを返した。
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