徒歩

感知式信号機。ボタンを押さなければ、俺は横断歩道を渡ることさえ出来ない。


カラスすら探さないと見つからない夕方の夜、雲がオレンジ色から濃い紺色に替わりかけている。そんな空を眺めていると暗いため息が出た。俺はそれをかき消すように開けたばっかの甘くないアルコールを急いで口いっぱいに流し込んだ。


缶を片手に靴底をすり減らしながら歩いている俺は傍から見ればただの酔っ払いなのだ。力なく歩く俺を追い越して歩いていく人達の目線が少し痛い。

見てはいけないものを見ているような、

不思議そうにありえないものを見ているような、 そんな目線を嫌でも感じてしまう。

「ははっ、当たり前だよな」

隣に共感してくれる友がいる訳ないので俺の感情は誰かに聞かれること無く静かに車の音でかき消された。


ずっと下を向いて歩いていたので気付かなかったが、いつの間にか空は綺麗に濃い紺色に染まり、星が何個か輝いていた。そんな空から目線を下ろすと目と鼻の先には蛍光灯に照らされた横断歩道がいた。


この横断歩道を渡るにはボタンを押さなければならなかった。路線バスのように走っている車にここで止まってください。とお願いしなければならなかった。

ボタンを押すだけなのに、何故か虚しい気持ちに襲われ、中身が半分ほど減ったアルコールで喉を消毒した。


ボタンをおすだけなのに、それが出来ずにずっと横断歩道を眺めた。俺の為にある何本もの白線を踏んで進んで行く車は俺には勇敢に見えた。


もし、俺がこのボタンを押さずに元気に飛び出せば車を運転している人へのドッキリになるのだろうか。

もし、飛び出せば後々のニュースに俺が出て有名人になれるかもしれない。

もしかしたら俺が飛び出したことすら無かったことにされて終わってしまうのかもしれない。

脳内に浮かんだいくつもの もしも が俺の道を邪魔した。


気がつけば右手に持っていた缶の中身は雀の涙ほどに減っていた。アルコールが無くなってしまったことよりもこのランウェイをどう歩んでいくかを考えていた事を悲しく思った。


それから車が何台か通ったあとに、俺が居なければ止まる必要の無かった車が、俺の為だけに歩くべき足元を照らしている。


俺はライトアップされた何本もの白線の上を後ろ暗い気持ちで、一歩づつ踏みしめて歩いた。



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