どうき

どうき 前編


「シミズー!!」



今日も朝から外にいるハタノの大声を聞く。


懲りずにやってくる。



なんで?



モヤモヤモヤモヤと、胸の中に水を吸いとったスポンジがべっちょりと入っているみたい。



なんか気になる。



何が気になる?



……ハタノが気になる?



自分で導き出しといて、カッと熱くなった頭を振って自分で否定した。



違う違う違うっ!!



その時、お母さんが部屋のドアをノックした。



「……ヒカリ、ハタノ君がまた来てくれてるけど……もう来ないようにお母さんが言ってあげようか?」



多分、前から言おうか迷っていたのかもしれないことをお母さんが遠慮がちに聞いてきた。



私はすでにパジャマを脱いで、服に着替えていた。



ハタノが迎えにくるようになって、早起きになったみたい。


せっかくの不登校ライフなのに、朝寝坊も出来ない。



「……いい。私から言う」



私は窓から一度、ハタノを確認してから階段を降りた。



お母さんも一緒に出てこようとしたのは止めておいた。



玄関を出ると、電柱に背中を預けていたハタノが私を見て、明らかにビックリしていた。



「え……おは…よ」


「あんたが迎えに来といて、何ビックリしてんのよ」


「いや…最初の一発目はいつもおばちゃんだから」



ハタノの驚いて開いていた目がキュッと細くなって垂れた。



「初めてシミズが最初に出てきた」



ハタノの笑顔に言葉がグッと詰まった。



な……何、嬉しそうに笑ってんのよ。



思わず俯いた。



「今日はその……ちゃんと言おうと、思って」



気を取り直して、ハタノの顔を見た。



「私は……あの教室には、行けないよ」


「……」


「だから迎えに来られても……困るの」



それにだんだん迎えが来るのを待っている自分が生まれそうで怖い。


でもそこは黙っていた。



しばらく沈黙が続く。



もしかしたら同じ中学……最悪な場合、クラスメイトに見られるかもしれないから、私は早く帰りたい。



もうそのまま家に入っちゃおうかな。



「なぁ」



だけどハタノが言葉でそれを止める。


だから私はそのまま続きを待った。



……最初から待っていたのかもしれない。


ハタノが何か言うのを。



「教室は無理でも、学校は?来れる?」


「……は?」



言ってる意味がわからなかった。



「あのな……」



ハタノが喋り出そうとしたが、私は近くを通りすぎていく人にいちいちビクッとした。


この時間は同じ学校の人がまだ登校してるかもしれない、誰かにハタノといるのを見られるかもしれないって不安が沸き起こる。



「は…ハタノ、とりあえず中に入って」


「……?お邪魔します?」



ハタノを家に通すと、お母さんが目を丸くした。



「え……ヒカリ?学校、行くの?」


「……行かないよ」



お母さんから顔背けて、さっさと階段を上がろうとした。



「おばちゃん!!俺が連れていくから任せて!!」


「ありがとう。これからもヒカリと仲良くしてあげてね」


「お母さんっ!!ハタノっ!!!!」



何を勝手なこと二人で喋ってんのよ!!


今さらだけど、親と同級生が話してるのを見るとなんか恥ずかしくて嫌だ。



「お母さん、時間は?」



そうやって聞けばお母さんは「やだ、もう出なきゃ」って、慌ててカバンとコートを取りに行った。



「じゃあハタノくん、よろしくね」


「余計なこと言わないでっ!!」



ちょっとホントにイラッときて怒鳴ったのに、お母さんは痛くも痒くもないみたいに笑って仕事へ行ってしまった。



溜め息をついた。


本当はお母さんだって早く私に学校に行ってほしいんだ。



わかってる。


わかってるけど。



「……で、俺も部屋入っていいの?」



一緒に階段を上がってきたハタノが聞いた。



「いいよ。特に何もないし」


「……ふーん、お邪魔します」



部屋を開けて一歩足を踏み入れた私はハッと気付く。



「ハタノ!!やっぱちょっと、外で待ってて!!」



ドアを閉めようとして振り返れば、ハタノの体がもう入ってきていて、私は慌ててハタノを押し退けた。


ハタノはビックリした顔できょとんとした。



「へ?急にどうした?」


「いいから!!すぐに呼ぶから外で待ってて!!」


「エロ本!?エロ本でも隠すのか!?」


「そんなわけあるか!!ほんっとサイテー!!!!」


「ほんとシミズは冗談通じな……──あ、」



私の部屋に顔を覗かせたハタノが『それ』を見つけたらしい。



机にちゃんと生けてある雑草の花。



差し出した本人は何を生けてあるのか、ちゃんとわかったみたいでニヤついた。



「へー……シミズって意外と律儀だな」


「う……うるさい!!」



バレたのが恥ずかしくて俯いた。



「何?花好き?今度、花束持ってきたら学校一緒に行く?」



花束っ!?



花束を抱えて膝まづくハタノを想像して、耳が熱くなった。


あんぐりと開いた口は言葉を発することなくパクパクとなった。


ハタノは急に呆れたように目を細めた。



「……そんなにドン引きすることねぇじゃんか」


「いや……その、」



ドン引きしたわけじゃ……



「つーか、しねぇから。当たり前じゃん。それは俺が恥ずかしいだろ?ホントお前って冗談通じない」



……


……冗談か、冗談。



……何故かムカッときたけど。



気を取り直して、勉強机の椅子をハタノの方へ押した。



そして私はベッドに腰掛ける。



座れって意味がハタノにも通じたらしく、私と椅子を交互に見てから、ハタノも座った。



「ハタノも薄々気付いてるんだろうけどさ」


「うん?」


「私が学校行かないのはさ、」



切り出したことにハタノはいつもみたいに茶化すことなく黙った。


喉が渇いて、口の中が粘ついたから有りもしない唾を飲み込もうと口をモゴモゴさせた。



「……………………クラスの女子から、ハブられてるから」



言葉にしてみたら、どこかで聞いたことあるようなありふれた……誰もが予想ついた原因なのかもしれない。


でも私にとってはその程度に済ませれなかったし、その他大勢のよくいる不登校生とひとくくりにされたくなかった。


言えない。


だから言いたくなかった。


大人はきっと「それぐらい大丈夫だ」とか「なんとかするから」とか……口ばっかできっとどうにも出来ないこと。


最悪の場合、「それは逃げている!!」と応援に見せかけた責めの言葉も言われかねない。



じゃあ、あんた達がなればいい。


じゃなきゃ、この孤独の恐怖……わかんない。



でも……そんなことを吠えて、惨めな悲劇のヒロインにもなりたくなかった。



ただ黙って深く考えないで布団の中でうずくまっていたかった。



「別にハタノを信じたわけでも……どうにか助けてほしくて言ったんじゃないからね」


「……」


「てかどうにか出来る問題じゃないし」



ハタノに理由を言ったのは、本当にこれ以上迎えに来ないでほしかったから。


行かないとわかりきっているのに、ハタノが来るのが待ち遠しい


そんな感情、いらない。


無駄だ。



「だから来られても困る……本当に今日で最後にしてよ」


「……なんでハブられたかってのは……聞いていいとこ?」



ハタノは本当にしつこい。


なのにそれを優しさに感じるって……私は相当優しさに飢えているのかもしんない。


重症だ。



──と、同時に絶望。



「私……その時、生理中で」


「──はっ!?」



戸惑うハタノの反応もかまわず話を続けた。



「いつもより重くて、しんどかったから顔も険しかったらしいの。男子にはわかんないだろうけど」


「……」


「原因はそんだけ。その時の私が誰々のこと睨んだとか睨んでないとか……そんな些細なこと」



原因はどうでもいいこと。



「その時、友達のミキに注意されたの」




『しんどいのはわかるし、私らの前だったらヒカリの性格とかわかってるからいいけど……私ら以外の人とかにあんまり顔に出すと周りが気遣って空気悪くなったり、誤解されるよ?』



クラブもずっと一緒にやってきて、同じグループで教室を過ごしてきた……親友のミキに言われた。



「私もまぁ……ミキが言うこと聞いて『なるほどな』って思ったの」


「……しんどいことはお前が我慢することじゃねぇだろ?体調悪いのは仕方ないんだし」


「だからって、ずっと合わせてもらうだけも違うでしょ。私はハタノみたいにずっと自分を貫けるほど……強くもないし。たまにはこっちも合わせなきゃ。それがクラスでしょ?それが集団生活ってやつでしょ?」


「……」



学校は勉強だけじゃなくて、集団で馴染むことも学べ。


学校の先生が言ってたような気がする。



だからクラスで浮かないようにバランスをとる。



「しんどくても笑うってことぐらい……私にも出来た。人と比べたら、私の生理痛ってそこまでひどくないんだと思う」


「う…うん」


「でもなんか、笑ったタイミングがダメだったらしい」



ミキに注意されて、確かにそうだと思った。


しばらくはしかめっ面をやめておこう


そう思った最初のタイミングがたまたまそうだっただけなのに……。


ダメだったらしい。



「吉野くんに『あれ?なんか元気ない?』って、たまたま声掛けられたの」


「吉野?」


「同じクラスの男子じゃん」


「ふーん」


「それで吉野くんに聞かれたから『大丈夫。平気』って笑った」



頑張って、無理して笑った。


ミキに言われたから……。



それをミキが見ていた。




ミキが吉野くんを好きだったなんて、知らなかったんだ。

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