どうき 後編


「そこからは言われ放題やられ放題。『ここがずっと嫌いだった』『前から思ってたけどココがダメだよ』……無視は当たり前だし、だけど陰口はむちゃくちゃ聞こえてくるし……クラス皆が見てる中で囲まれて、すっごく責められたり…」



男好き、とか。


親友の好きな人にコビ売るとか最低、とか。


泣くと『ウザい』と皆に聞かすかのように大声で怒鳴られ罵られ、


涙を耐えて、なんとか孤立しているのも我慢していれば忍び笑い。



クスクス


クスクス



私が立つ度、

髪を触る度、

咳をする度、



クスクス


クスクス



それをずっと親友だと思っていたグループが、私を笑っている。



教室を歩けば、いつも肩に軽くぶつかられる。


何度も。



それをずっと信じていた友達にされる。



主犯はミキで、他の皆はミキが怖くて逆らえないんだと考えてみたけど……


『私達にはムスッとするくせに、男には笑いかけるんだー』


『本当はみんな、ヒカリのことちょっと鬱陶しいって思ってたんだよ』


『そういやミホコもヒカリのこと、前から嫌いって言ってたよ』



クスクス


クスクス



笑いかけた相手はたまたまだ


ミキ達が先に声かけたら、同じタイミングでミキ達にも同じ反応で笑ってた


そんな私の言い分もまるで聞こえない。



ずっと一緒にいた友達……いや、クラスみんなが私を笑っているんだと思うと……怖くなった。


私は教室で、1ミリ動くことでさえ怖くなった。



「もう……教室に、行きたくない」


「……」



ハタノとしばらくの間、沈黙になった。


そんな空気さえ嫌だったから、私は手を叩いた。



「はい、私の話はこれでおしまい!」


「……」


「私が教室に行きたくない気持ちわかった?そんなハタノの気まぐれにホイホイと行くような話じゃないの。女子特有のハブられがあんたにわかる?」


「……」


「逃げてるとか好きに言ってもらって構わないよ。つーか今すでに言われてるし」



自分で説明すればするほど、自分がミジメになった。


なんで私がこんな目に……って思ってしまう。



「だから…さ、もう『学校行こう』なんて……言わないで」



本当は行きたい。


普通に過ごしたい。


こんなところを見せて、両親に心配掛けたくない。



だけど、行く元気……ない。



ハタノに誘われる度、行けない自分のイケてなさに絶望する。


マンガなら、ここで立ち直って勇気を出して……なんならミキ達を見返すぐらいの復活劇が待ってるんだろうか。


マンガの主人公になったつもりで、少しだけ妄想した自分が笑えて、泣けた。



「家に入る前にも言ったけどさ、」



ずっと沈黙だったハタノが口を開いた。



「教室に行かなかったら良くねぇか?」


「…………は?」


「学校は教室だけじゃねぇぞ。保健室も図書室でも……色んな部屋ある」



何言ってんの?


テキトーに答えられてる?



だから疑うようにハタノの顔を覗き込んだ。



「教室行かないって…それで学校行く意味あんの?」



ハタノは



「あるよ」



すぐ答えた



「意味はある」



真っ直ぐと私を見て。



「外の世界にいることが、それだけで意味がある」



ポカンとする私に向かって、ハタノは少し口角を上げた。



「別に無理に学校である必要はねぇぞ?街の図書館だったり、ゲーセンだったり、友達ん家だったり、ばあちゃん家だったり……何でもいいんだ。そこが自分の居場所であるのなら」


「……居場所」


「うん……逃げ場所。自分の家以外の毒が抜ける場所」



ハタノに言われて、家以外の自分の行動できる場所を考えてみたけど、すぐに思い付かなかった。



教室……はムリ。


部活やってた体育館……も同じ理由。



ひとつずつ無くなってしまった居場所達に泣きそうになって俯いた。


俯いたその先に、手のひらが差し出された。



「特に思い付かないなら、とりあえず俺と行ってみない?まずは保健室」


「へ?」


「行きたいところも逃げれる場所もないのは、危険だから。それじゃあ……」



それはハタノが川原で言ってくれた言葉だった。



「『心が腐って死んでいく』?」



私が思い出して口にしたら、ハタノはあの時と同じ笑顔になった。



「うん、だろ?」



確かに……何もしないってことは、楽チンで休憩になるけど……ずっとそのままだと…こんなにも腐ってしまった。


死ぬのを待ってるみたいに……



鼻の奧がツンとする。


それは合図。


泣く前の合図。



あぁ……私、自分で思っていたよりも……重症だったのかもしれない。


『悲劇のヒロインに酔いしれたくない』


『その他大勢の登校拒否者に混ざりたくない』


『両親に申し訳ない』



大袈裟に扱ってほしくない


でも大したことないと言われたくもない



色んな感情が色んなことを誤魔化してたのかも。



もっとシンプルに


私は


かなり傷付いているんだ。



「……っんー!!」



声を押し殺したけど、目をギュッと瞑ったから搾り出されたかのように涙がボロボロと落ちた。



「う……うっ、うぅ………んーっ」



気張ったみたいな声。


ハタノの前だから、必死で堪えるけど……



涙はこぼれ続けた。



あの場所、あの場面


何度もやり直したいと思った。


無理だとわかっていても、布団の中でくるまっては、上手にミキ達と仲直りする妄想をして、受験も部活も順調に……卒業式まで思い残すことなく過ごす自分を夢見る。


だけど、あぁ…私はダメ人間だから無理なんだと……笑っていた。



心が空っぽのまま笑う度に死んでいった。



「お前、鼻水きったねー」



笑ったハタノが私の鼻をティッシュで拭ってくれた。



「ごめん……あたし、カッコ悪……」


「カッコ悪い上等!涙は心のデトックスだ!」


「……デトックスって、何?」


「シミズって実はバカ?」


「……ひどい」



泣いた


泣いた



その間、ハタノはずっと黙っていてくれた。



そのままハタノから貰うティッシュを使いきるまで泣いた。



泣いて疲れた。



眠い……。



「……ごめん、ハタノ。……顔洗ってくる」


「うん、そうした方がいい」


ハタノを部屋に置いて洗面所まで降り、なんかムクんだ気がする顔に水を浴びせた。


冷たさが気持ちよくて、顔に当てたタオルの柔らかさが気持ちよくて……


深い深いタメ息が出た。



別に何がどうしたって訳じゃないけど……


なんとなく、サッパリとした気がする。



毒が抜けるということ。



部屋に戻ると、ハタノは出た時と同じ場所で座っていた。



「ねぇ、ハタノ」


「なに?」


「明日も来るの?ウチに」


「当たり前!」


「……ふーん」



止まることなく出た涙は、きっとようやく逃げ道を見つけられたから流すことが出来たんだろう。



……私にも見つけられるだろうか、逃げ道。



なんとなく……だけど、外に出掛けたい感じ。


明日にはわからないけど、とりあえず今は。



明日行くかは明日になるまでわからないけど、私はその夜……


タンスにしまっていたセーラー服を出して、壁に掛けた。

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