理由2


『忙しいか知らないけど!!そんな自己中な行動されて周りが迷惑だから!!ってか、ジチシコの前にまず自分のクラスでしょ!?』



クラスメイトに言われたことを忘れるわけない。


それにはシヅもちょっと顔を歪ませた。



サボりたくてサボったわけじゃないにしても、そうやってクラスメイトから責められて、頭を下げていたタマとウッチャンを思い出しても、胸が痛い。



「……ごめんな…さい」



私は堪らず、ポツリと謝罪した。


シヅも頭を下げた。



それを見た前島先輩はちょっと驚いた様子を見せた。



「え…いや、これはポチちゃん達だけの責任ってわけじゃ、」



志方先輩も頷く。



「そもそも君達だけじゃなくて僕らもだし、放送部を掛け持ちしていた三年も体育館の舞台があるから一日中クラスには顔を出せなかった。さっきも言ったが毎年のことだ」


「で…でも」


「僕らだけじゃなくて、桜光祭で忙しい演劇部や吹奏楽部だって似たような現状だったんだから、クラスのことをずっとは手伝えないってことを理解してくれている人もいるはずだ」


「そこにクレームってのは、クラスを手伝えないってこと自体に腹を立てているんじゃなくて、それまでの準備にあれこれ『指示』してる俺のことが、ただ気にくわないんだろ」


「『指示』っていう名の命令な」



『指示』って言って前島先輩に訂正を入れられたカジヤン先輩は笑った。



「梶原が言っている通りで、クラスに協力じゃないってクレームは当て付けでしかない」



志方先輩のまとめた話にタマが鋭い目で先輩に問い掛けた。



「じゃあ……なんで今年は、ジチシコを無くそうという流れなんスか?」



志方先輩が頷いた。



「選挙をしたらクレームも減って、俺らも活動しやすくなるんではないかと先生達は考えたわけだ」



タマが笑った。


空気の鋭さを緩めないまま


皮肉っぽく。




「俺らの為っぽいことを言ってても、結局はただ教師達がクレームに対して決定的に言い返せる文句が欲しいだけでしょ?」



今まで以上のタマの冷たい物言いに、私はビクッと震えた。


カジヤン先輩は「タマ助……鋭いな」と小さく笑った。



「なんで選挙することでクレームが解決するんですか?」



シヅもさっきよりもとても真剣な面持ちで志方先輩に聞いた。



「選挙をするってことは少なくとも自分達の意思による人選であるし、だからこそ俺達の行動は生徒全員から委任されたものになる。投票したんだからね。それで俺らの行動に多少の文句を言っても教師は簡単に片付けれるわけだ」



『君達が選んだんだ。生徒会の行動に文句があるなら、自分達が選挙に出て、自分達で生徒会活動を率先して学校を変えるんだな』



それが生徒会の仕組み。



「でもそこに意味はない」



冷たい声が志方先輩の説明を補うように否定した。


タマ……?



「全員がどれだけ理解して、投票するんだよ」


「理解?」


「日本の政治ですら、どれだけのことをちゃんと知ってて投票する人が何人いるんだよ?」



タマは眉をひそめた。



「皆……半分は知らずに、とりあえず逆らわずに『丸』して生きてんだよ。結局は選挙したって、文句がなくなるわけじゃない」



タマが言ったことにカジヤン先輩がフッと笑った。



「逆に言えば、とりあえずでも丸してもらわなきゃ、俺達だって何も出来なくなる」



カジヤン先輩の言葉に今までの活動を思い出す。



例えば体育祭の種目を変えるとか、ありえないのが許されたこと。


桜光祭でもお化け屋敷の規律をどこまで縛って、どこまで譲るのか。



全員の調和を重視していては、実現出来なかったことである。



もしそれで急な変更も生徒全員に丸してくれなきゃ、話にならないなんて……好き勝手していた私たちが支持されるのは難しそうだ。



志方先輩は私達一人一人の顔を見ていった。



「とりあえず、効果があるかはわからないが……皆のそうした意見をまとめて佐伯さんに報告したいと思う。みんな、それぞれ思うままに言ってみてくれ」



◇◇◇◇



意見を交わして話し合ってその日は終わった。


でもこれで本当に生徒会制度を無しに出来るのかな。



放課後、一年四人で並んで帰る。



「あーまさかたった一年でこんなことになるとはー!!」



ウッチャンの言葉に頷いた。


シヅは歩きながらも真剣に考えているみたいで、難しい顔をしている。



「でも完全になくなるわけじゃないんだよね?制度が変わるだけ」


「そう。生徒会……まぁ、ジチシコとは呼ばなくなるね」



シヅとウッチャンが話す中、タマは自転車を押しながらずっと黙っている。



「活動の形は一緒なんだから、別に選挙制度を入れてもこの際問題ないんじゃない?」



私の素直な感想にタマがようやく口を開いた。



「だから意味ないっつってるだろうが」


「え?」


「クレームが減るわけないだろ?」


「そうだけど、納得してくれる人だって増えるし。私達のやってることが少しは認められるかもしれな――」


「さっきも言ったろ。納得するんじゃなくて、文句の付け所を無くせたと教師が喜ぶだけで、そうした教師達に丸め込まれるだけなんだよ。解決したことになんねぇのに、おざなりに終わらされんだ」



タマの言葉が止まらない。


たまに凄く熱弁する時があるけど、でもこんなにも怒っているタマを初めて見る。



「大体クレームが無くなったら、むしろおしまいなんだよ!多数派だろうが少数派だろうがクレームがあって、良いものってのが出来んだろ?反対意見のない世界なんてありねぇよ。それを教師達は……」


「タ……タマ?」


「何も考えないで多数に流されてちゃ……負けちゃダメなんだ。小さな声だって、俺は潰したくねぇよ……たとえクレームでも」



後半、ぼやくようにタマはそう言いながら自転車をただ押していった。



「タマ……そこまで怒らなくても」



なんか怖くなってきて、タマを宥めるようにそう声を掛けた。



地面を見ていたタマが私を見た。


睨むように。



「ポチは違うと思ってた」


「…………え?」


「……いや、何でもねぇ」



心臓がドクドクと、汗をかくように冷えた。


タマに突き放されたような感覚だった。



違うって…何が?


ただタマの期待していた言葉を私は言えなかったってことしかわからなかった。


タマに……ガッカリされた?



「と、とりあえずどっか寄って少し話さへん?このまま解散ってのも、なんかモヤモヤするやん?ジチシコをどう残すべきか…みたいな」



もうすぐ駅に着くって時にウッチャンがしてくれた提案に頷いた。


私の頭はまだ整理ついていない。


タマが言いたいことに着いてこれていない。



私がこのままでは、これからジチシコをどうしたいかなんて、わかるはずない。



シヅがいつもの可愛い笑顔で「そういえば」と言った。



「確か踏切越えたアッチにマクドナルドあったよ。そこで話そう」



なんとなく踏切へ足を一歩進みだした時、



「悪いけど……」



淡々としたタマの声がそれを止めた。



「俺……そっち行けねぇから。話すなら三人で話して」



思わず喰い気味で大声を出した。



「えっ!?……なんで?タマが一番話していきたいことなんじゃないの?」


「……でも無理だ」



あんなに一番アツく今回のことを反対していたタマなのに、急に興味ないみたいにそう言う意味がわからなかった。



ウッチャンも不可解なのか眉を寄せた。



「どうした?タマ、このあとなんかあるのか?」


「……そういうんじゃなくて」



シヅも首を傾げてタマに一歩近付く。



「もちろん四人で喋るのが絶対じゃないけど、でもマー君の意見をちゃんと聞きたいと思うよ。多分、三人とも」



私もウッチャンも頷いた。


タマが言う通り、反対意見って貴重だからこそちゃんと聞きたい。


それにこんなにも必死なタマも珍しいから。



だけどタマは返事もせず視線を背けて自転車に跨がろうとした。


咄嗟にタマの腕を掴んだ。



「ちょっと!いつも自由だけど、今回は自由すぎない?」


「ポチ、」


「タマだって納得してないんでしょ?これからジチシコどうするか、今一緒に考えないで、いつ考えるのよ!!」


「腕離せ」



タマの態度にムカッとした。



帰ろうとするタマが動く。


だから両手でしっかり押さえ込んだ。



「ダメ!タマ、逃げる気!?」


「違うから離せ」



ここで離したら負けな気がする。


タマに嫌がられるのが少し恐いけど、私も負けない。



「タマの考えが聞きたい!」


「……」


「一緒に考えたくないの?」


「……帰らない。わかったから」



タマの返事に私だけじゃなくて、ウッチャンもシヅもホッとした感じになった。



「うん。踏切下りる前に渡っちゃお」



私の言葉にタマは一瞬ピクッと震えた気がした。



「わかったから、腕離せ」



何回それ言うの?


私に触られたくないわけ?



地味に凹むかも。



正直、腕を離したくないとか思ってる私も秘かにいたのだが…



「あと悪いけど、……向こう側は、」



そこで気付いた。


“気がする”じゃない。



タマの腕から微かに震えているのが伝わる。



「……タマ?」



タマの変化は触っている私にしかわからない。


それぐらい微か。


タマの様子が変。



だからウッチャンは不思議そうに私達を見た。



「いや、ほんまもうすぐ踏切閉まるし、行くならそろそろ……」



もう一度タマが大きくビクッとした。



「ポチ!早く離せ!悪いけど早くここから――」




――ッッカン


カン



カン…カン…カン……





踏切の警告音。




うるさく響く音に包まれた途端、




「……っは」



息を飲んだタマが



「……あ、」



自転車から手を離し、ガチャンと倒し、



「あ……あ、ああ、……はぁ、あ……」



ガタガタ震えている。




カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン…



カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン…



――――ッッ



うるさい踏切の音と共にうるさく電車が横切る



「あああああああああああああああああああああぁぁぁーっ!!」



たくさんの騒音に紛れた中で顔を覆ったタマが絶叫した。



何が起きたのか……わからなかった。

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