大事なもの
大事なもの
◇◇◇◇
駅から離れた所にある、公園のトイレへ行った。
男子トイレに入るわけにもいかないから、シヅと二人で入口らへんをそわそわとしていた。
しばらくしてウッチャン一人が出てきた。
「ごめん、お茶か水買ってきて」
「え……タマの様子は?」
おそるおそる聞くと、ウッチャンは少しだけ眉を寄せた。
「……なんかずっと吐いてる」
「え……」
「だから飲み物をお願い」
何がどうなっているのか……正直かなり恐い。
驚きすぎて…わからなさすぎて…現状に置いてきぼりで、謎の恐怖に襲われている。
発狂したタマ。
何がどうなってるの?
ウッチャンもシヅも同じ気持ちなのか、なんとも言えない顔をしてお互いの顔を見合わせた。
三人で戸惑っている間にトイレからタマが出てきた。
「マー君?」
シヅが心配そうにタマに近付いた。
壁に寄り掛かりながら出てきた様がやつれていて、具合が良くないのが誰でもわかる。
「タマ…大丈夫?」
手の甲で口を拭うタマはチラッと私を見ただけで返事をしなかった。
返事を貰えなかったことに心臓がまたヒヤッとした。
なぜか泣きそう。
「ご……ごめん」
「……」
泣く前に謝罪の言葉を口に出来た。
何が起こったのかわからなかったけど、原因が私にあることぐらいは何となくわかった。
私があそこで引き止めたから……。
なんだかよくわからないけど、あの踏切がタマにとって耐えられないものだったのだ。
タマは何度も『離せ』って言ってたのに……私は……。
「ポチ」
いつもの抑揚のない冷たい声が、今は恐い。
「大丈夫だから」
タマの言葉に顔を上げることが出来た。
手の甲で変わらず口を覆っているから、タマの目だけ確認した。
「ポチのせいじゃない」
「……タマ、」
「ポチには、関係ない」
急に、落とされた。
突き放された言葉。
「これは俺の問題で、ポチとは関係ないことだから、ポチが気にすることじゃない」
「一体……何が」
言い掛けたのを、タマの強い眼差しで止められた。
「関係ねぇって言っただろ?」
心臓が
えぐられる。
関係ないって言われても……
でも……
でも……
そこでウッチャンが一歩前へ出た。
「タマ、俺らにも出来たら説明してほしい。知らずにまた同じことして、今みたいなことをしたくない。タマにしんどい思いされたくない。それは此処にいる全員の共通の思いのはずだ」
関西弁が抜けたウッチャンはゆっくりとそう言った。
タマはウッチャンを見てから、考えるように少し黙ったけど、また目を細めた。
「今回はごめん。迷惑…かけた。でももう二度とこんなこと……ないように、俺が気を付けたらいいだけの話だから」
ウッチャンの真摯な言葉ですら……
「た……タマ!?」
タマは背中を向けて、帰っていった。
決して早かったわけでも、力強いわけでもないタマの歩調なのに、誰も……追いかけることができなかった。
◇◇◇◇
「皆の意見をまとめて、他にも資料も一緒にして、今朝佐伯さんに渡してきたんだが……」
昼休みの会議で志方先輩はそう言ったけど、その顔は険しくて上手く進んでいないのがわかる。
それを更に確証させるかのように隣のカジヤン先輩が舌打ちをした。
「普段、体育祭の手順も桜光祭の仕組みもよくわかってもいない教師が今更ゴチャゴチャ言いやがって……」
私は正直…先生達の対応や先輩達の苛立ちよりも、斜め前に座っているタマのことが気になって仕方なかった。
今日のタマは、朝からいつも通りで……でも昨日あんなことがあったのにいつも通りっていうのが逆に不安で……。
私の不安もよそに、タマはいつも通りに発言する。
「結局、ジチシコ廃止は決定なんですか?」
タマの質問に志方先輩は首を振った。
「決定ではない……が、その方向にするためにある話が進められている」
「いくら生徒の自主自律を謳ったって、所詮は先生の力には敵わない高校生にすぎない……ってことかな」
仕方先輩に続くようにそう言った前島先輩は苦笑いをする。
先生の意見に従う。
皆の波風を立てない。
難しいようで実は簡単なこと。
じゃあ私達の存在や、やってきた事は意味がなかったんだろうか。
そんなことを思ってしまうなんて、それこそたかだか高校生なのに何でも出来るのかと思い上がってるみたいで…駄目なんだろうけど。
『自主自律』と言っても、誰かの支え……先生達の協力もあって成り立つことだってわかっているのに……解散を命じられてその責任をワーワー言うのはまさに政治の仕組みと同じだ。
私達に……出来ることは?
自分達は口ばっかで、結局何かを変えるだけの根性もないんだ。
それはタマのことでも言えること。
心臓がチクリとする。
口ではたくさん心配していても、タマに踏み入る勇気が出ないんだ。
◇◇◇◇
策もないまま、日々は過ぎてしまう。
授業も身に入らない。
もう期末試験が始まるのに。
放課後は先輩達がジチシコの代表としてまた先生と話し合いに行ってくれたから1年生の私達は何も出来ない。
帰ってテスト勉強始めればいいのに、なんとなく
私の他にシヅもウッチャンもいた。
皆、落ち着かないのだ。
……ただ、タマは帰ったらしい。
シヅは一応、勉強する用意で教科書やノートを机に広げているがペンは進んでいない。
ウッチャンも椅子に座ったまま喋ろうとしない。
タマは今日も普通だった。
「マー君はさ、…」
シヅはゆっくりシャーペンを机に置いた。
「一体……何を抱えてるんだろうね」
私はただ黙っていた。
タマは……何を思っているのかな。
ウッチャンは椅子の後ろ二本の脚だけで行儀悪くバランスを取る。
頭の中で色々と考えているのがわかる。
「俺らが色々悩んでた時は……タマは関係なく突っ込んできたのにな……」
……そうだった。
シヅがどこかへ消えてしまった時も一番に駆け付け話を聞いてあげ、
胸ぐら掴みながらもウッチャンの関西弁を指摘したり……
わかりにくいけど、実は真っ直ぐにぶつかってくる。
私の時は、わざわざ家に来てくれた。
そして夜の学校へ連れていってくれた。
『ポチ元気ないから』
拉致に近い形で自転車に乗せ、走りだし、無理やり学校まで連れていき……
……あれ?
そうだよ。
あの時、私は『もうほっといてよ』オーラだったのもタマは無視して、色々引っ張り回したわけじゃん?
なんかそう思ってくると……
「だんだん腹立ってきた」
私がポツリと出た言葉にシヅもウッチャンも「え?」と振り返った。
思わず半笑いで『ハハハ』と声に出たけど、お腹の中はマジでムカムカしてきたぞ?
シヅやウッチャンは若干心配そうに私を見ている。
いや、だっておかしくない?
だって
タマはいつも自分勝手。
勝手に私達の中に踏み込んできたくせに、自分のことになると『関係ない』と突っぱねる。
『ポチ!こっちだ!!』
『……呼んだだけだ』
『ポチのそのままでいい』
関係なくなんか無い。
……そんなタマだから
私は好きになったんだ。
放っておけるわけがない。
私は立ち上がって、そして決めた。
「行くよ」
シヅもウッチャンも「え?」と聞き返した。
「タマに会いに」
体育祭の時、タマに手を引っ張られて、走りながら、聞いた……タマの言葉を思い出した。
『皆が一人一人自分と向かい合って、周りの人間を支えられたのなら、この世に選挙なんていらねーんだ。誰であろうと信頼して又は支えられることを認めれる』
『俺もそういう人間になりてぇ』
『守りたいものを見失いたくねぇ!!』
私も見失いたくない。
大事なものを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます