変わる変わらない

変わる変わらない


花陽姉ちゃんへの尊敬や愚痴を合わせたようなグダグダな話をシヅは黙って最後まで聞いてくれた。



「いるんだ…そんなすごい人も。」



お姉ちゃんへのコンプレックスを話し終えた時、シヅはそう言った。


やっぱシヅでもそう思うよね。



「…そんな人がすぐそばにいるのは、しんどいことだね。」



シヅの素直な感想なのだろう。


でもその言葉で泣きたくなった。



「うん…しんどかった。」



しんどかったことを誰かに知ってもらえたことが嬉しいような悲しいような、安心したような崩れたような、よくわからない気持ちが合わさって、とりあえず涙腺が弛んだ。



「菜月ちゃん。」


「ご…ごめん。なんか喋っているうちに…色々こう…、思い返しちゃって…。」


「…うん。」



涙目を擦るようにして拭うと頭に優しい感触がふってきた。


シヅの手が私の頭に乗っていた。



「菜月ちゃんには敵わないな…」


「…え?」


「菜月ちゃんが言った意味わかるよ。菜月ちゃんの話聞いて、嬉しかった…」


「シヅ…」


「安心したって意味で!!菜月ちゃんも結構心の中ドロドロじゃん!!」


「……ははは。」


「はは、いいもんだね。お互いの弱点さらすのも!!」



そう言って笑うシヅを私はやっぱり可愛いと思ったんだ。



出会った頃よりもずっと可愛く思えた。


不思議なんだけど。



シヅは腰を上げて、背伸びした。



「はぁーあ!!せっかくの高校デビューだったのに大失敗だなー。」


「え?」


「つまりはブスが頑張ったところで、結局は」


「それは違う!!」


「へ?」


「シヅは……可愛いよ!!」


「…」


「それでもやっぱりシヅは可愛い!!」


「…」


「…と、思う。」



コンプレックスなんて、そうそうになくなるもんなんかじゃないけど…



「褒めても何も出ないよ?」



そう言って照れながら、笑うシヅに少しでも自信を持ってほしいなんて…何様って思われるかもだけど、そう思った。



『ポチはジチシコに合ってると思った。ポチが必要かもと思った。だから…お前はそのままでも、充分だよ。』



誰かに認められることはとても嬉しいことを知ってるから、私はちゃんとシヅに伝えた。



私も立ち上がった。



「そろそろお昼になるし、当番代わりに行こう。」



午前の当番を引き受けてくれたタマのところに行かないと。



「そうだね。店番の前にご飯食べたいしね。」


「うん!!ちょっとだけ学校回ろう!!」



二人並んで歩き出した。


シヅが「でもさ、」と言い出したのは、クラスの出店のたこ焼きを買ったあとだった。



「完璧なんてないんだから、菜月ちゃんのお姉ちゃんも完璧か怪しいんじゃない?」


「え?」


「菜月ちゃんもお姉さんのこと勝手にイメージを膨らませてるだけかもよ?」



…そうかな?


考えてみたけど、やっぱりお姉ちゃんの欠点なんて思い付かなくて、ちょっと落ち込んだ。



でも私だってお姉ちゃんを知らないことはあるかもしれない。


お姉ちゃんの裏。


…あるのかな?



ウッチャンみたいに…


シヅみたいに…




なんでか知らないけど、今タマが頭に過った。



じゃあタマの中には一体、何があるのだろう。


タマのこと…全然知らない。


今までは大して気にならなかったのに、なんでかタマのことが知りたいような…気がする。


タマの"実は…"があるのなら…知りたい。



タマは…



「ああぁぁっ!?」



私は突然、声を上げた。


当然、シヅはビックリしている。



「え…どうしたの?」



私は口をパクパクさせながらシヅを見た。


シヅを…っていうより、シヅの唇を。



そうだ…


こないだシヅとタマがキスしていたのを見てしまったのだ。



色々あって忘れてたけど、まさか今のタイミングで思い出してしまった。



思い出しちゃったから、シヅの顔をどう見ればいいのかわからなくて、とりあえず口だけをパクパクした。



えっと…


これはあえてのスルーをすべき?


もう一度忘れたフリを…



シヅもタマも見られていたなんて知られるのは恥ずかしいだろうし…


放っておいたら、そのうち二人が付き合い出して、二人が教えてくれるのを待つしか…


ふと胸がざわついた。



「菜月ちゃん?」



心配そうにこっちを見る詩鶴。


可愛い。


そしてシヅのことが好きなタマ。



いいじゃないか、二人が付き合っても…



なんで…私は…



「シヅは…タマのことが好きなの?」



つまようじでたこ焼きをつつきながら、そう聞いた。


聞いてからハッとなった。


シヅはきょとんとした顔でこっちを見ていた。



「あ…あのっ、違うの!!タマの好きでも嫌いでも、気にしてないし、どっちでもいいんだけど、気になって…いや、気にしてないんだけど!!あれ?えーっと違うのっ、これはっ、!!」



もはや早口で支離滅裂なことを言い出す私にシヅはますます不思議そうに私を見る。



「岡崎くんと付き合ってたのは知ってて…いや、これも関係ない話か…その、覗きのつもりじゃないんだけど!!タマとシヅがキスを…」


「え?」


「…えっ?」



はっ…


しまった…



大パニックの結果、キスを見ていたことを喋ってしまった…


テンパりすぎだろ!!私!!



私の顔は恥ずかしさで真っ赤だったと思う。



そのまま固まってしまった私とシヅはそのまま無言で見つめ合っていた。



しかし、すぐにシヅが吹き出した。



「ふはっ、そういうこと?」


「え?」


「菜月ちゃん、あの場にいたんだ?」


「えっと…たまたまジチシコに戻って…あ、二人の会話は聞いてないよ?」



今さら無意味な言い訳をした。


シヅは歩きながら、たこ焼きを頬張り笑った。



「あの時ね、『岡崎くんは所詮、私のことを見た目でしか見てない。私の中身を好きになってもらえる自信ない』って…菜月ちゃんに言ったみたいに、マー君にも言ったの。」


「う…うん。」


「そしたら『詩鶴は中身もいいから大丈夫。』って根拠もなく褒めるからさ、」


「…」


「今思えば嬉しい言葉だけど、その時はなんかムカついちゃって…」


「え?」


「『私の何がわかるのよ!!』って…まぁ…言っちゃって、」


「…うん。」


「それで『じゃあマー君は私と付き合えるの!?』って怒鳴っちゃった。」


「…ぅええっ!?」


「勢いで、つい…売り言葉に買い言葉…とはちょっと違うか。」



シヅはアハハとか笑っちゃってるけど、そんなもんなの!?



「そしたらマー君、黙っちゃって…返答に困ったんだろうね。言葉を真剣に考えてたというか。マー君って真面目だよね。」


「…」


「そしたら余計に悲しくて…『やっぱりマー君も私みたいな女、嫌なんじゃん。』って責めたら『嫌ではない。』って。」



シヅは食べ終わった使い捨てトレーをゴミ箱に捨てた。



「もう…ムカつくやら、寂しいやらで…あのキスは私が無理矢理したの。」


「え…、シヅはタマが好きで?」


「う~ん…好きっていうか、その時は寂しい気持ちが大きかったんかな、やっぱり。」


「勢いのキス…」


「理解できない?」



頷くべきかそうでないべきか自信がなかったから、首を傾げるような中途半端な動作しか出来なかった。



「多分ね…マー君も理解出来なかったんだと思う。だってマー君のポーカーフェイスが崩れたの初めて見たもん。」



それは私も見ていた。


真っ赤にして狼狽えるタマの姿。



「さすがにちょっと反省した。」



シヅはそのわりにあっけらかんと笑ってみせた。



「反省…って、好きじゃないのにシヅはキスできるの?」


「嫌いな相手じゃなかったら…別にイヤでもないかな。」



私にはその発想がわからない。


だって私はタマとキスなんて…



うわっ…って、何考えてんのよ私!!


想像しかけてすぐにストップをかけた。



「菜月ちゃん?」


「うぉっ!?何でもない何でもない何でもない!!」


「ははは、何にも言ってないよ。」


「…うん…そうー、ですね。」



恥ずかしい。


でも…キス…ですか…。



シヅは何気ない勢いだけのキスのつもりだったのかもしれなくても…


タマは…


タマはシヅのこと好きなのかもしれないのに。



「…でもシヅは、別にタマと付き合うつもりはないんだよね?」


「うーん…多分。」


「……でも、タマがその気になったら、どうするの?」


「その時はその時じゃない?」


「…えぇ?」



…すっかりシヅの性格がわからなくなった。



シヅのいつもの可愛い笑顔。


いつもと一緒なはずなのに、どこか黒くも見えた。



「異性に好かれるって誰でも悪い気しないじゃん。」



……シヅっ。



「男の前で猫被るのは基本だしね。」



とんでもない小悪魔だっ。


シヅは可愛くて、腹黒で、泣き虫で、素直で、大人で、少し変。



シヅは目を細めて、口元だけで微笑んだ。



「菜月ちゃんも…猫被ったままの私がよかった?」



…前のままの…シヅ?


シヅは私に答えを聞くことなく、たどり着いたクラスの教室へと入った。


慌てて私も続く。



クラスメイト達は一瞬シヅの方を見て、あとは話題に触れないかのように各自の仕事に戻る。



前のシヅのままのがよかったのか?



次の瞬間、トンッと背中を叩かれた。



「ポチ、詩鶴!!午後も頑張るで!!」


「…ウッチャン!!」



いつの間にか来ていたウッチャンが口いっぱいに笑っていた。



「ほいほい、ガンガン儲けるで!!」



こっちが何かを言う前にウッチャンがフッと笑った。



「ガンガン儲け…ような。」



はっきりそうなのかわからないけど…今、ウッチャンは大阪弁を使わなかった気がする。



そうだ。


前のままでいいわけがない。


ウッチャンもシヅも。



それは仲良くなっていくということ。


絆が深くなるということ。



その実感が嬉しくて、シヅの手を握り、ウッチャンの腕を掴んだ。



「…ポチ?」


「菜月ちゃん?」



不思議そうな顔をした二人に向かって笑ってみせた。



「桜光祭ラストスパートも楽しもっ!!」



その言葉に二人も笑ってくれた。



変わらないことも変わることも簡単で難しい。


ただ残ったものだけが、大事なことなのだ。



きっと二人の性格も私との関係性もどんどん変わってしまう。


変わってしまう中で変わらないものもあるはず。


変わるものも変わらないものも私達が一緒にいれば、どちらも大切なものになるんだろうから。



そう感じたら、なんだとても嬉しい。



あー、なんでだろう。


嬉しいって思ったことを…



タマに伝えたいと思った。



タマに会いたい。


タマは今、何をしてるんだろう。

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