本当の友達
本当の友達
私はもう叫んだ。
かまわない。
何故ならキャパオーバーだ。
「『もしも…』『もしも…』って言われても…ごめんだけど、私はたぶん内野君が望んでることは言えないよ!!だって何を望んでるかなんてわからないし…」
そこで言葉を止めて、シヅを見た。
「『偽善』って受け止められて、傷付けちゃうかもしれない。」
シヅは微動もせず、睫毛だけ影を落とした。
それを見たあと、内野君に視線を戻した。
「だから内野君…内野君が大阪弁喋っても喋っててなくても…仲良くなってたし、仲良くなりたいよ。」
「…そうか。」
「正直に言うと、思ってた以上に重い話だったから理解しきれないというか…一周してどうでもいいというか…」
「…それはぶっちゃけすぎひん?」
もっと言葉を選ぶべきだったかと思ったけど、内野くんは笑った。
だから余計に勇気がもらえた。
シヅの手を取る。
シヅは驚いたように目を見開く。
「もしもなんて考えられない。そんな仮定よりも今、こうしていることの方が、私は信じられる!!だから…」
「…菜月ちゃん。」
「昨日と同じことしか言えない。何があったって…友達をやめないよ。『もしも』なんて、やめる理由にはなんない。」
内野くんの顔を見た。
「ウッチャンが大阪弁でも…」
シヅの顔を見た。
「シヅの中学がどうであろうと…」
そこで私は好き勝手に言っていると我に返った。
「やっぱり…それは偽善かな。」
シヅにギュッと手を握られた。
「菜月ちゃん…あの、」
その時、手を叩く音が響いた。
皆、その音源の方を見た。
タマだ。
「とりあえず、桜光祭も始まったから俺らの持ち場に行こうぜ。」
あ…そうだ。
私達はジチシコで、クラスの当番だってあって…
でも話がこれで打ち切りになるのはなんか不燃焼だな。
でも昨日みたいに当番サボってクラスの人達に迷惑もかけられない。
タマがシヅの顔をジッと見た。
「詩鶴、俺と当番変われ。」
「…え?」
「詩鶴はクラス当番、午前だろ?」
「う、…うん。」
「俺、午前に行くから詩鶴はポチと一緒に午後の当番しろ。」
そう言ってタマはくるりと背中を見せて歩き出した。
そのまま手だけを軽く上げる。
「岡崎には俺から言っとくから。じゃあ、あとで。」
タマの背中をぼんやりと見た。
そしたら隣にいた内野君も「よっしゃ!!」と伸びをした。
「ほんなら俺も舞台の方に行くな?…………ポチ。」
内野君が私を呼び掛けて、微笑んだ。
「ありがとう。」
いつもなら『と』を上げるイントネーションであった内野君の口から『り』を上げた『ありがとう』が出た。
大阪弁ではない。
彼の本音だ。
ウッチャンも体育館の方へ行ってしまった。
ウッチャンとはこれからこうやって少しずつ本音が聞けたら…
そんなことを考えている内に残されたのは私とシヅ。
これは…シヅと仲直りするチャンス?
タマが作ってくれたチャンスだ。
タマの手の感触を思い返す。
せっかくの機会を貰えた勇気を無駄にはしない。
「菜月ちゃん…」
「シヅ!!ごめん!!!!」
シヅが何か言う前に謝った。
「あの…その…好き勝手喋って、シヅのこと考えて言ったつもりが…なんというか、シヅのことわかってなくて…その、私はッッ」
「……そういうところが偽善っぽいだって。」
シヅの冷たい一言が返ってきた。
胸がズキッと痛んだ。
また…外してしまったか。
シヅは俯いてポツリと呟いた。
「違う。偽善っていうか、信じられないって感じ。」
「信じ…られない?私の言ってること…嘘じゃないよ!!…って言っても余計信じれないと思うけど、その…」
「だから!!そうじゃなくて!!」
シヅが声を張った。
そんな珍しいシヅとふと目が合った。
気まずそうにシヅが先に視線を反らした。
「私には…出来ないって意味。」
「…え?」
「私には菜月ちゃんみたいに優しい人間にはなれないよ。」
シヅは自分に言うみたいに小さな声で言った。
「なんでそんなことが出来んのか…信じられない…」
「…」
シヅはジチシコ室前の階段に腰掛けた。
「中学までの私ってダサかったじゃん?」
「…えっと、」
「しかも性格だってこの通り最悪だし…。」
「そんな風には…思わなかったけど…」
そう言うとシヅに睨まれた。
こういうところが偽善だと言いたいのかもしれない。
「高校に上がって、同じ中学の子がね、少なかったから変わるなら今だって思ったの。」
「それで…高校デビュー。」
「メイク覚えて、オシャレにも仕草に気をつけて…そしたらやっぱりね、誰も私のことバカにしなくなった!!」
「…」
「可愛い子だって向こうから友達になろうって言って来てくれたし、男の子達だってわかりやすく私に優しかった。」
私はシヅの一段下の階段にソッと座った。
「数ヶ月したら、告白されて彼氏だって出来た。」
「…岡崎くんだよね?」
「そう。一緒に桜光祭の準備してたら、いい雰囲気になって…私もまんざらじゃなくて…さ。」
「うん。」
「でも私は…猫かぶりだから…。」
「…え?」
シヅは自分の膝を抱えて顔を埋めた。
シヅ…泣いてるっぽい。
「そう思うと…なんか、バカらしくて…」
「え?何が?」
「だから…岡崎君は私の過去なんて知らないし…私
の見た目が好きで、私の中身なんてどうでもいいんだよ。」
「…それはシヅがおしゃれだから、別にいいとも思うけど。そこから徐々にシヅの中身も知ってもらったらいいじゃん。」
シヅが立ち上がって見下ろしてきた。
「正論言われなくったって、わかってる!!でも今さらこんな何重もの猫かぶりを簡単に取れるわけないでしょ!?」
そして
「…見せれるわけないじゃん。本当の私なんて…」
変な話だけど、私はその姿を見て、なんか安心した。
シヅが本音を見せてくれたとか、そんな聖女のような気持ちじゃなくて…
もっと浅いところでホッとしたんだ。
でもそれをそのまま口にしたら軽蔑されそうで、汚い自分を黙っていた。
「シヅ…」
「…」
「そうやってさ…私にも言えるんだから、焦らずに本当の自分を出せばいいよ。」
「…」
「本当のシヅのことだって、みんなきっと好きに…」
シヅは立ち上がってお尻の砂を払った。
「…シヅ?」
「…そうやって純粋な菜月ちゃんには私のことなんか理解出来ないよ。」
シヅは背中を向けて歩き出した。
「シヅ!?」
大声で呼んだけど、シヅは返事も振り返りもせず、止まることなく歩いていく。
昨日のデジャヴを感じた。
私はまた間違ったの?
『ポチ、いけ。』
だけどタマの声が脳内に響いた。
昨日と同じで意味がないんだ。
「シヅ!!!!」
それでも遠退くシヅにもう一度叫んだ。
「私は本当のシヅを見て、ホッとした!!!!」
「…」
「安心した!!!!」
やっとシヅは足を止めて、振り返った。
しかしその顔を実に不愉快そうだった。
「だから菜月ちゃんのそういう偽善くさいのが嫌いなんだって!!!!」
「違う!!!!」
「違わない!!!!」
「違うんだって!!!!」
「菜月ちゃんといると、私は自分がいかに嫌な人間かって思わされるから、一緒にいたくないんだって!!!!」
「私も!!!!」
そう言うとシヅは黙って、瞬きをした。
そこにゆっくり近付く。
「私もシヅの側にいると、自分が嫌になったよ…」
「…え?」
「シヅを見てると、自分がいかに可愛くなくて、魅力のない人間だって気付かされてたから…」
「…」
「だからホッとした。これ以上、劣等感を感じなくてって思うと…安心した。」
「…何それ。」
「…ごめん。」
「…」
「多分、シヅが高校デビューだって知った時より、今はホッとしてるかも…」
「…それは私をバカにしてんの?見下したいの?」
「……わからない。」
「私もだけどね…」
「……え?」
遠かったはずのシヅの声が近づいてくる。
「私はバカにしてたよ…菜月ちゃんのこと。」
「…シヅ。」
「オシャレしないで垢抜けなくて、男の子の免疫がない菜月ちゃんといたら…ちょっと優越感に浸れた。」
「…」
「『純粋』なんて言葉で誤魔化して…見下してた。」
「シヅ、」
お互いに傷付ける言葉しか言えていないのに…昨日なんかより、ずっと心地好い。
不思議だけど…
シヅは乾いた笑い声を上げた。
「とことん腹黒でごめんね!!私、こんなんだからさ…」
「…うん。」
「だからさ、無理して私なんかと仲良いフリなんかしなくていいよ?」
「私も…周りに軽蔑されたり、『こいつ嫌な奴だな』って思われたくないから…本音に一枚…綺麗なものを被せてるよ…。傷付くシヅを受け入れる綺麗な自分を被せてた。」
「…そうだね。」
シヅと顔を見合わせて思わず笑った。
「みんな、そんなもんなのかもね。」
「だね。」
シヅも笑った。
「案外みんなも本当は本音隠してるよね。」
「そうだね。」
「まぁ皆が本音しか言わなかったら平和崩壊だよね」
「シヅは…」
「ん?」
「シヅは今もまだ本音を言えてない?」
シヅは私から目線を反らして空を見上げた。
「どうだろうね…」
でもその声は柔らかで笑っているように聞こえたんだ。
だから私も思わず空を仰いだ。
「本当の友達がほしいね…」
「菜月ちゃんでもそう思うんだ?」
「ほしいよ。」
「…そうだね。ほしいね、本音が言える友達。」
「本音言っても受け入れてくれる友達。」
「言わなくても私を理解してくれるような友達。」
「私が信じれて、私のこともすごく信じてくれるような…」
「もう完璧だね!!」
「でしょ?」
お互いの理想を語っているうちに可笑しくて笑った。
でもシヅの見る目がどこか遠かった。
「でも完璧な人間なんか…いないんだよね…」
シヅがとても寂しそうに呟いた。
「あんな無邪気の塊みたいなウッチャンでさえ、『本当』を隠してたしさ…」
私はシヅの言葉に何も言えなかった。
本当は関西弁を使わないウッチャン。
本当は見た目にコンプレックスを持っていたシヅ。
完璧な人間なんていない。
それは一度は学校で教えてもらえること。
この世の当たり前のものだとされていること。
聞いたことはあるのに自分の欠点ばかりが目に見えて、周りが輝いてみえるから、その当たり前がよくわからない。
それでも自分にとって都合のいい完璧な、理想な恋人や友人を求めてしまう。
自分のことは棚に上げて、他人には自分のダメなところを許してほしいと思ってしまう。
そのくせ他人の粗を探して安心も求める。
理想な関係なんて元よりない。
それならば…
「シヅ…あのね、」
「何?」
「私にはね、お姉ちゃんが一人いて、」
「え?…何の話?」
「そのお姉ちゃんってものすごくて、それこそ完璧なんだよ。」
「…」
「それでね、」
それなら作っていくしかない。
ぶつかって、自分を曝して、相手を受け止めて、そうやって繰り返して、近付いていくしかない。
"本当の友達"に。
だからシヅに話し出した。
私の汚い、コンプレックスの話から。
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