知らないシヅ 知らないウッチャン
な…何が起こってんの?
クラスの中でも派手めの女子三人の内の一人は何故か泣きかけだし、シヅは腕を組みながら冷たい目でそれを見ていた。
「あんたがジチシコだかなんだか知らないけど…偉そうにする権利なんかないのよ!!!」
喚くギャルにシヅは至って冷静。
冷たすぎるくらい。
…シヅ?
こんなシヅは知らない。
だってシヅはいつだって柔らかで笑顔でふんわりと優しい…
シヅは大きく溜め息を着く。
「ホント…小学生じゃないんだから。はっきり言ったら?アンタの大好きな岡崎君をフッた私がムカつくって…」
ザワッとどよめいた。
泣きかけのギャルはワナワナと震えた。
それでもシヅの視線が冷たく貫く。
そしてギャルがカッとなる瞬間がわかった。
やばい!!!!!!
その子が手を上げるのと、ほぼ同時に私も飛び出した。
パゴッッ!!!!!
「ポチ!!!!!」
目の前で星が散る。
まさにそんな感じ。
頭の中がグワングワン回る。
なんとか視界が定まってきて、シヅとギャル達の間に立ち上がった。
「と…とりあえず落ち着きましょ…?暴力はやっぱダメですし、誰も得しませんし、それにせっかくの桜光祭でクラスで喧嘩は…」
うわごとの様にダラダラと喋った。
ギャルは勢いとはいえ、殴ってしまった自分に動揺しつつも興奮が冷めず私を睨んだ。
「何よ!!急に割り込んできて…」
そしてギャルが言い切らないうちに大声が響いた。
「わっ!!なんやねん、これ!?何事!?この人だかり!!」
人垣をかき分けて内野くんが顔を出した。
「タマ!?それに詩鶴とポチまで!!」
内野くんは私達を見るなり、焦ったように傍まで来た。
ギャル三人はヒソヒソ話しては声を上げた。
「ほんと…ジチシコってみんな自分勝手だったり偽善者なんだね!!」
「知ったかぶってわかったような口利かないでよ!!」
シヅとの喧嘩の原因はわからないけど…
なんでジチシコをまとめて文句言われなきゃなんないの!?
殴られて暴力反対と止めたことも忘れて、言い返そうとした。
でもその前に頭を下げたのが見えた。
「すまんかった!!」
それは内野君の頭だった。
シヅは眉間に皺を寄せた。
「ウッチャン!?なんで謝んの!!??」
「えぇから、お前らも謝れや!!」
私も頭を下げた。
「ごめんね!!ジチシコの準備でクラス迷惑かけてるけど、一緒に頑張ろ!!」
ギャル達は背を向けた。
「もういいし!!わけわかんない!!」
ざわざわとする中でギャル三人は教室を出ていった。
ウッチャンは力なく笑って、皆に声かけた。
「みんなごめんな!!ほんまごめん!!なんとかするからとりあえずこの場は頼んでもえぇか?」
クラスの何人かは修羅場の空気がなくなり、ホッとしたみたいに頷いた。
「またクラス手伝いに来るから…ほんまごめんな!!」
内野君に背中を押されて私もシヅも教室を出た。
そそくさとした感じに出たけど、タマも後ろから着いてきているのはわかった。
廊下に出て、やっと内野君は息をついた。
「…で、一体何があったん?…ってポチ!!!!血出てる!!!!」
へ?
血?
ぜんぜん痛みもなくてわからない。
ポカンとしていたら、内野君が傷があるらしきところを指差した。
「そんなめっちゃひどいってわけちゃうけど……これは…引っ掻き傷?」
「あー…さっきの子達の平手打ちの時だ。多分爪かなんかが当たったんじゃない?」
軽くハハハと笑ったけど、内野君は真剣な顔で傷を見た。
「ジチシコ室で絆創膏もらいにいこ。確かマキロンも置いてあったし…」
そう言ってズンズン進むけど…
さっきからシヅとタマが喋らない。
なんか超怖いんだけど…
今までの四人では出し得なかった空気がそこには確かにあった。
ジチシコ室前に来て、内野君が思い出したかのようにシヅを見た。
「…で、何があったん?」
シヅはピクッと反応したあと、内野君を見た。
「別に…私が岡崎と別れたから。あの子は岡崎が好きだったみたい。逆恨みだよ。」
「…そう…か。」
「バカじゃん。私と別れたら普通、岡崎とチャンスなのに。」
シヅは吐き捨てるようにそう言った。
いつもと違って穏やかに笑わず、シヅはイライラしているみたいだ。
「そっか。でもそのシヅの言い方ひとつで他のみんなに迷惑かけてもうたし、大したことやないけどポチも怪我してもうた…。なんか俺らに言うことないか?」
内野君は諭すようにシヅに目線を合わせて、そう言った。
少し考えた様子のシヅはそれから頭を下げて「ごめ…」といいかけた。
でも遮られた。
タマが内野君の胸ぐらを掴んだ。
「……タマ?」
私の問いを待つ暇もなかった。
タマが内野君を殴った。
コンクリートに内野君は倒れ込んだ。
私もシヅはビックリして言葉が出なかった。
タマ!?
何事!?
上体を起こした内野君も目を見開いている。
「な…何すんねん?」
「なんで謝ったんだ?」
タマは内野君を見下ろして言った。
「何言うてんねん?あの場であぁするんが一番やったやんけ。」
「じゃあシヅがなんか悪いことしたのか?」
何故か責めるタマに向かって内野君が土を払いながら立ち上がる。
「良いも悪いの問題やないやろ?ジチシコとしてもクラスとしても皆に…」
「それでシヅの気持ちはどこ行くんだよ?しかも上っ面の状況だけ聞いて…それだけで満足したみたいに、なにシヅに謝らそうとしてるわけ?」
シヅが隣で「…マー君。」と呟いた。
タマの…言い分もわかるけど…でも…えっと……何が一番なんだろう…
てかこの雰囲気は止めないとやばい?
タマはもとからだけど、内野君からも完全に笑顔消える。
「…だからって殴ること…」
「大人ぶったソレにムカついたからな。」
「……はあ?」
聞いたことのない内野君の低い声にマズイと本気で思った。
「二人とも!!一旦落ち着こ!!ほらジチシコ室に入って!!ここ暑いから気持ちも苛立つんだよ!!きっと…」
「ウッチャンのそんな優しさはその場しのぎのバカな大人と何も変わりやしないよ。」
止めに入ったのも聞こえないようにタマが言った。
内野君はタマの胸ぐらを掴んだ。
「もっぺん言ってみろよ…」
「いいよ。何回でも言うよ。ウッチャンのそれは偽善者って言うッッ」
タマが最後まで言い終わらないうちに、内野君もタマの顔面を殴った。
その手はタマの胸ぐらを掴んだままでタマは倒れることを許されなかった。
内野君がもう一発振りかぶったが、タマはその腕を掴み、タマも内野君の胸ぐらを掴んだ。
「偽善者ってなんだよ…てめぇも良い格好したいだけなんだろうが!!」
「良い格好はお前だろ!!そんな浅い考えが、ウッチャンがわからない周りを…詩鶴を傷つけんだよ!!」
タマも内野君ももみくちゃの中、言い合いが止まらない。
「だからって!!シヅ自身が誰かを傷つけていい理由なんかあるか!!人を傷つけた分、自分に返ってくんのは当たり前だろ!?」
「じゃあウッチャンがそうやって"大阪弁"を"わざと"使ってるのに訳なんかないってんだな!?」
内野君の動きが止まった。
私も止まった。
今、タマはなんて?
「ウッチャンがそうやって、素になる時に…"大阪弁"がなくなるのに、理由なんかねぇんだよな?」
タマも内野君もお互いの手が離れた。
二人の荒い息が止まない中、長い沈黙が走った。
内野君から大阪弁がなくなった?
あれ?
でも前にもこんなことあったような?
混乱の中、タマが溜め息をつく。
「そうやってウッチャンは人と距離置いて…置かれることに誰かが傷ついてもいい理由なんか…ないもんな?」
こんなにも…誰かに敵意を向けるシヅを私は知らない。
大阪弁を喋らない内野君を私は知らない。
誰かをこんなにも責めるタマを…
私は知らない。
私達はずっと一緒にいるようで…何も知らないんだ…。
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