第3章 秋

吊り橋効果

吊り橋効果1


『吊り橋効果』


…吊り橋を渡っている最中に向こう岸にいる人を見たら、その人を好きになりやすい現象…を言うらしい。



言うなれば、恐怖のドキドキを恋のトキメキだと勘違いすることだ。


肝試しとか夜道を一緒に歩いたり、事件を共に経験したりしたら、その時のことを思い出して妙にドキドキしてその人を忘れられなかったり、意識しちゃったり…



ってことですよね?


勘違いですよね?


気のせいですよね?



だから…



「ポチ、一応こっちでもガムテープ何個か用意しようか…」



ジチシコ室で最終チェックを二人でしていた。


でも身が入らない。


タマの何気ないペン回しをしている手が気になってしょうがないのだ。



「…聞いてる?ポチ。」


「え?は!!えっと!?」


「ガムテープ!」


「う…うんうん!!予備いるよね!?」



でもそうも言ってられない。


だって桜光祭も明日と迫ってる。


授業も午前中に終わり、昼休みから生徒全員が準備に掛かりきりなのだ。


だから恋だのなんだの言ってられない。



「買いに行くぞ!」


「わかった!!ついでに先輩たちにもなんか買うの必要ないか、私が聞いてくる。」


「おぅ!任せた。」



謎の心不全が起きてから桜光祭の準備でタマとずっと一緒にいたけど、タマに対して特別何かあったわけじゃない。


何より忙しかったし、普通に喋ってる間は特に何とも思わなかった。



しかし…



「あれ…私もしかしてスマホ忘れてきたかも…」


「…あーぁ。」


「どうしよう…もう直接聞いてこようかな…」


「俺がかけるからいいよ。」



…ドキ!!



タマはスマホ操作し、すぐに電話をした。


タマの手が完全に表となっている。



そう。


私は刷り込みの様にタマの手を見る度に落ち着かない気持ちとなるのだ。


その手を見ると手を繋いだことや頭を撫でられたことやお姫様抱っこされたことやら…


ともかく色々思い出してポワポワした気持ちになるのだ。



「ポチ…変な顔しないで、さっさと買い物行くぞ。」


「変な顔なんかしてない!!!」



でもいつもそのポワンとした気持ちは、タマの言葉で薄まる。



だから気のせいなんだ。


タマが悪い。


いつも急だったり、無茶いったり、そういう突然の驚きにドキドキしてしまっただけだ。



そう、これはただの『吊り橋効果』のトキメキにすぎない!!


そうに決まってる!!



そもそも私は内野君のことが好きなのに!?


…というより、今回のタマへの心不全を経験して内野君への気持ちすらただの『吊り橋効果』なんじゃ?と疑いすら浮かんでいる。


恋って何?


好きって何?


…としまいには段々テーマが大きくなってしまった。


だからここ数日の間、一回二人に関してまとめてみたのだ。


まず内野君…


好きと意識しはじめたのは、タマにそう言われたから。


でも意識しだしてから思い返してみると、体育祭やその前からずっと男性として見ていたと思う。



ともかく一緒にいて楽しい。


優しい。


こんな素直じゃない私のことも女の子扱いしてくれもする。



だからすごくドキドキもする。


慣れてしまえばそれはとても温かい。



逆にタマにはそういうのはない。


内野君に対して思うことはタマには全然ない!


一緒に喋ってて楽しいとか嬉しいもない!!


優しいとかドキドキするとかない!!


いや……タマもタマで、不器用だけどタマなりの優しさがあるのは私も一応わかるんだけどさ。


ただタマの手がキーポイントとなっている。



タマの手を見るととにかく落ち着かない。



そして…タマは…



「ところでポチは、」


「…え?」


「告白したの?ウッチャンに。」


「うぇ!!??」



私の内野君への気持ちも知っている。



「…し、してないよ!!そんなん!!てか、したところでタマに報告するわけ…」


「…ふーん。」



タマは早口の私を置いて、先々へと進む。


私は溜め息をつく。



コンビニに着いて、さっそく事務用品に置いてあるガムテープを5つ買い、もう一度学校に向かう。



「タマはさ、いつも聞くばっかりだけどタマはいないの?彼女とか…」


「…いない。」


「好きな子とかも?」


「…あ。」


「え?い…いるの?」


「コンビニ寄ったついでにアイス買えばよかった…」


「…」



タマに会話のキャッチボールを求めるのは間違ってるのは最初からわかっていた。



…それとももしかして、話をそらされた?


…マジ?



学校にもう一度着いたら、準備が忙しくてあっという間にまた考えを放棄した。


各教室に回って様子も見つつも、ジチシコの用具貸し出しも同時に行う。


忙しいのはジチシコだけではなく、生徒も先生も忙しそうに準備をする。


でもどこか楽しそう。


私も没頭している間は楽しくなってきた。



でもどこか楽しくなさそうのが一人いた。


それに気付いたのは合間を見て自分達のクラスに行って、準備を手伝いに行った時だった。



「咲ちゃ~ん!!」


「あ…菜月ちゃん!!ジチシコの準備は終わったの?」


「うぅん。まだだけど合間見てやってきた!!」


「そっか!ホントに忙しいんだね。」


「いや…ジチシコは指示とお手伝いだし、クラスの準備は皆に任せきりだから。忙しいのは皆同じだよ!!」



これは本音。



体育祭から最近までジチシコは大変ですごくて、どこかジチシコは偉いんだと思っていた。


花陽姉ちゃんに負けたくないと思って、そんな仕事をしようと焦っていたから余計だ。



でもタマと夜の学校を忍びこんで、少し冷静に周りを見れるようになった。


だから自然とそう思えた。


今は忙しいのも含めて楽しいと思える。


だからクラスの準備だって一生懸命やりたい。



先輩達に"自己チュー部"なんて言われた時もあったけど、そんな風にならないようにクラスも頑張らなくては!!



「…で、今は?人手は足りてる?私も働くよ!!あ…あとあそこの猫も。」



そう言ってタマを指差した。


タマはジチシコでの仕事から気が抜けたようにぼんやり教室の様子を見ている。



そう言われた咲ちゃんは「え~っと…」と考えてたら、後ろから衝撃がきた。



「うっ!!痛ッッ!?」


「菜月ぃ!!遅い!!」


「あ…歩美…?だからっていきなり体当たりは…」


「菜月がなかなか来ないからじゃん?今うちら超忙しいのに!!」


「マジで!?そんな忙しい?」



そんなやり取りをしていたらタマが口出した。



「…なぁ?詩鶴はいねぇの?」


タマにそう言われて気付いた。


確かにシヅがいない。



シヅはジチシコでうちのクラスの模擬店担当なのに、なんで忙しい今にいないのだろう?



疑問が生まれたら咲ちゃんが閃いたように話の続きをした。



「そうだ!!菜月ちゃん達、まずTシャツ取りにいっておいでよ!!」


「え?」


「当日の皆の衣装!!前に注文してたじゃん?飾り付けと一緒に物理室にあるから行っといで。ついでにジチシコ皆の分も取っといてあげて?」


「ジチシコ皆って内野君の分?」


「…と富永さん。」


「「はい?」」



歩美の詩鶴を指し示すその言葉に思わずタマとハモってしまった。



「シヅもって…シヅまだクラスに来てないの?なんで?」



歩美に勢い良く詰め寄ったけど、歩美は至って普通に話した。



「そうだよ。なんでか知んないけど。だから内野君と富永さんの分もTシャツ取ってね。」


「あ…あとこれも物理室に運ぶのお願い。辻田君も…はい。」



咲ちゃんはそう言ってテーブルクロスを渡したけど…



ちょっと待って!?



ジチシコの仕事だとしてもシヅはこのクラス担当なのにどこ行ったっての?



「お願いね~。」


「いってらっしゃーい。」



そう言って二人に見送られたけど、聞きたいことがまだあんのに!!



一緒に出てきたタマに思わず聞いた。



「えぇ!!??なんで!?シヅどこ行ったの!?」


「…俺が知るかよ。とりあえず運ぶぞ。」


「…そうだけどさ…あ、待ってよ!!」



先に歩くタマを追いかけるように着いていったけど、頭の中はごちゃごちゃだった。



ジチシコの仕事もクラスの準備もしないで…どこ行ったの?


もしかしてシヅになんかあった?


もしかして…


もしかして…



「…誘拐!?」


「……多分違うから落ち着け。」



考えてたつもりがうっかり声に出ていた。


…まさかタマに突っ込まれる日がくるなんて。



「でも…他に何がある?シヅがサボるとは考えられないし!!」


「だから俺が知るかよ。だからまず物理室に行くぞって。」


「なんでそんな冷静なのよ!!」


「岡崎。」


「岡崎?」


「…が物理室にいるから。多分。」


「…あ。」



そうだ。


岡崎君はシヅの彼氏だ。


しかもうちのクラスの桜光祭実行委員だ。


ジチシコだろうとプライベートだろうと岡崎君はきっと何かを知ってるだろう。



タマの機転の良さに感心しながら急いで物理室へ向かった。



「別れたんだ。詩鶴と。」


「「はい?」」



しかしそこでもタマとハモることになった。

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