マイペース
マイペース
◇◇◇◇
家に帰ってからベッドに寝転んで天井を仰ぐ。
でもすぐに落ち着かなくなって寝返る。
そして壁を見つめる。
もうすぐ桜光祭本番間近なんだから、ほんとなら遅くまでジチシコ室で準備してるはずなのに。
体育祭の時の帰宅時間と変わらない。
そろそろ夕食の時間だ。
なんだったらあの時はまだクラスの準備もちゃんと手伝っていてもう少し遅かった気もする。
今はどうだろう?
満足にクラスの準備にも顔を出していない。
ジチシコでは内野君といるのが何故苦しくて逃げてしまう。
ジチシコの役にも立ててないのに…
『あれ…ジコチュー部。』
なりたい自分の姿に一向になれない。
まともに勉強したのはいつが最後?
タマに仕事を任せはじめたのはいつ?
シヅに教えてもらった化粧したのはいつが最後?
…内野君と
冗談かわせたのは
いつが最後?
「菜月~?わっ!!!部屋暗ッッ!!電気つけなよ!!」
花陽姉ちゃんが部屋に入ってきた。
パチンと電気をつけて急に明るくなって目が眩んだ。
「ちょっと!!ノックしてよ!!」
「何言ってんのよ?いつもしてないじゃん?」
「いーから!!これからはしてよ!!」
「何々~?はは~ん?悩み事??青春だなぁ♪」
いつもの明るいお姉ちゃんのノリもイライラしかしない。
勝手にベッドに腰かけて私を見下ろしている。
「どうしたの?勉強わからないとこあったら教えるよ?」
「…そんなことで悩んだりしないよ。」
「じゃ、あれだ!!彼氏?」
「はあ?」
「いいね~。思春期って感じじゃん!!聞かせろ聞かせろ!!」
お姉ちゃんに私の気持ちがわかるわけないんだ!!!!
黙って!!!
「 う る さ い !!! 」
部屋がシンと静まった。
まずいと思った。
花陽姉ちゃんにこんな怒鳴ったことはない。
何よりただの八つ当たりなんだから花陽姉ちゃんは悪くない。
謝らなくては
…と思った。
「ごめんね、菜月。何かあったの?なんか食べる?お腹空いてたらイライラするしね?」
こんなとこでも思い知らされる。
花陽姉ちゃんの人としての大きさに。
どんなに頑張っても越えられない人。
…なんで?
なんで先に謝れるの?
その時、スマホが鳴った。
でも動けない。
花陽姉ちゃんに謝りたい。
でもお姉ちゃんへの劣等感が拭いきれない。
口を開いたのはやっぱり花陽姉ちゃんだった。
「スマホ…鳴っているよ?」
「…いいよ、別に。」
「でも…電話っぽいよ?」
「…え?」
ベッドから離れてカバンの中で震え続けているスマホを探した。
「…えぇ?」
着信相手は今まで電話を受けたことがないから驚いた。
タマだったのだ。
『ポチ?』
「タマ!?な…」
『西口三角公園ってわかる?』
「はあ?」
『なんか青色のでかいジャングルジムに…コンビニが近くにあるとこ。』
「あぁ…わかる。家のすぐ近くだから。」
『ん…そこにいるから!』
「…え?今!?」
『5分で来い。』
「…え…ちょっ…」
ツーツーツーツー…
「……」
マイペースにも程がありませんか!!??
タマがいる?
うちの近くに?
なんで?
一人?
あ…
もしかしたら内野君達も一緒かもしれない。
そう思うと胸が痛くなって行き辛くなった。
でも…
「……菜月?」
誰からの電話だったのか不思議そうにこちらを見ていた花陽姉ちゃんと目があった。
でも私はこれ以上、花陽姉ちゃんがいるこの空間にいるのも嫌だった。
お姉ちゃんには何も言わずにそのままの形で部屋を出て靴を履いた。
まだ夏の残暑を感じるが日が落ちるのは僅かに早くなった気がする。
少し夕日がのこる公園にはタマ一人だった。
自転車にまたがったまま、スマホをイジっている。
「え…タマ。一人なの?」
「あ?ポチか…。早ぇな。晩御飯食べた?」
私の質問に対しての答えはない。
でも多分一人なんだろう。
「食べてないけど…今日は先に帰ってごめん。んで…一体どうしたの?何の呼び出し?」
「あそこのコンビニでなんか買ってこーぜ。」
「ちょっと!!?」
タマはことごとく私の質問には答えてくれない。
勝手にコンビニに入っていくタマに仕方なくついていくしかない。
でも勢いで家を出てしまった私は財布もなく、スマホしか持ってない。
つまらなく適当にコンビニの中を回ったら、タマは勝手にレジに行ってコンビニを出た。
…ますます訳わからない。
タマといたら相変わらず、イライラする。
こんなんだったら家にいた方がよかっただろうか…
そしてやはり仕方なくタマに続いてコンビニを出た。
「ポチ、何も買わなかったの?」
タマは入り口でもう袋から肉マンを出そうとしている。
「まぁ、お金なかったから。」
「お?なんだよ…だったら言えよ。」
あんたが勝手にコンビニ入ってったんでしょ!!!
黙って睨んだら口が塞がれた。
肉マンで。
「んご?をんん!!!」
「やる。」
タマはそう言っては公園に置いてる自転車へと歩き出した。
口にくわえた肉マンを自分の手で外した。
先を歩くタマの背中しか見えない。
聞こえないとわかっていながら小さく「ありがとう」と呟いた。
やっと追い付いた時にはタマはもう一度自転車に跨がりながら、パンを食べていた。
「お前ん家、学校から遠いのな。疲れた。」
「そりゃ自転車で来ればね…電車じゃないと大変じゃない。電車で来ればよかったのに…」
「あぁ……俺、電車ムリ。」
「なんで?」
「…俺、電車嫌い。」
「…あっっそ。」
そのマイペーストークに、もうそう言うとしかなかった。
タマからもらった肉マンを食べていたら、少しの沈黙が出来た。
すっかりタマのペースに乗せられて、こうして時間を過ごしているけど全く何の意味があるのかわからない。
ぼんやりそんな考えを巡らせて食べ掛けの肉マンを見てたら、視界が揺れた。
「…え?」
いつの間にか自転車を降りていたタマにお姫様抱っこをされていたのだ。
…なにこれ?
どうなってんの?
「…タマ?」
気付いたらそのまま、タマの自転車の後ろに乗せられた。
呆然とする。
そしてタマも自転車に乗る。
「…タ…タマ?ほんと今日は何しに来…」
「ポチ…重いんだな。」
間髪入れずにタマの背中を殴った。
一瞬グッとタマは息を詰まらせたが、何事もないのを装おって、自転車を出発させようとした。
「きゃっ!!」
「ちょっとタマ!!いい加減に何がしたいのか言いなさいよ!!!」
自転車はぐいぐいスピードに乗ってきて速度を上げた。
「行くぞ!!」
「はあ?」
「学校に!!」
「…学校!?なんで…」
髪が風になびく。
「一足先に入っちまおうぜ!!お化け屋敷!!」
「…ええぇっ!?」
タマは止まろうとせず、学校に向かって自転車を漕ぎ続けた。
「ちょっとぉ!!タマ?何で学校行くのよぉ!!」
「えぇ!?なんてぇ?聞こえねぇ!!」
「絶対聞こえたでしょ!?」
だんだん日が暮れて辺りも暗くなってきた。
そんな中、タマは私を乗せたまま自転車を漕ぐ。
着いた先はもちろん学校。
すでに電気は消えてほの暗い雰囲気を醸し出している。
まさに肝試し直前のような肌寒さを感じた。
「だ…誰もいない…のかな?」
「まぁウチの学校、私立じゃねぇし、先公もしょせん公務員だからな。もういねーよ。」
校門近くまで来て、自転車から降りた。
タマは校門から少し離れた茂みに自転車を隠した。
そして荷物を持ってこっちに来た。
しかしそんなタマには悪いがここに来たのは時間の無駄みたいだった。
「ん?ポチ、何してんの?」
「タマ、学校には入れないよ。門だって閉まってんじゃん?」
当たり前だけど、学校に入れるわけがない。
だから帰ろう…と言いかけて、横にいるタマに目を向けると
タマがいない。
いるはずの場所にはタマのリュックしかない。
…
本人は?
「おい、ポチも来い!!」
パッと声の方を見るとタマは閉まっている門を完全に片足
「……」
「あ、その前にリュック投げて。」
タマって基本マイペースだけど、今日のタマはいつも違う感じだ。
いつもの猫みたいなマイペースではなく、限りなく…なんつーか…アグレッシブだ…。
リュックを取ろうともせず、呆然とタマを見た。
タマもいつもみたいに無表情で口を開かず校門に登ったまま私を見下ろしていた。
しばらく二人は見つめあっていた。
このまま時間を過ごしても無駄だ。
やっぱり帰ろう。
そう思いながらタマを見上げてたら、タマが少し声を張って私に話しかけた。
「ポチはさ、」
「え?」
「なんでジチシコに入ろうと思ったんだよ。」
「…私は…」
私は…
私は…
中学の時の泣いてる自分が脳裏をよぎる。
そこへタマの手が私に向かって伸びてきた。
「…来いよ。」
吸い込まれるようにその手に近付いた。
そして伸ばされているタマの手に私も手を伸ばした。
「違う。」
「…は?」
「俺のリュックを先に。」
…
リュックを投げて校門を飛び越えさせた。
「おい!!大事に扱え…って聞いてんのか?」
タマを無視して一人で校門を登り飛び越えた。
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