彼氏

彼氏


◇◇◇◇


桜田高校の最寄り駅からふたつ隣の駅が待ち合わせ場所となった。



「来た来た!!こっち~!!」



大きく手を振るのは


内野君だ。



先に着いていたようである内野君とシヅの二人がいた。


改札を抜けて、二人のところまで駆け寄った。



「ごめんね!!遅かった?」


「はは。まだ時間になってないから平気やで!なっ!詩鶴。」


「うん、喋って待ってただけだし!!あとはマー君だけだね。」



こないだ一緒に買い物行った時にも思ったけど、シヅってオシャレ。


そして何より…



「夏休みどないしてた?楽しんでた!?」



内野君の私服を初めて見ることになって自分の心臓がうるさくてしかたなかった。



この何週間の間に髪も切ったようで、短くさっぱりとしてワックスで無造作に遊んでいる。


プラス私服で見慣れないから余計にドキドキする。


爽やかな色味のタンクトップにごちゃごちゃした模様のシャツを着て半パン。


彼らしいラフでセンスが見える格好だ。


そんな観察を一人でやってる内に、内野君にどう答えようかアワアワしていた。


そしたら途端に顔を覗かれた。



「あれ?ポチ?」


「な…なによ?」


「化粧してるん?」



そう…こないだシヅに付き合ってもらって、相談しながら一緒に選んだ化粧をさっそくしてきたのだ。



あの時シヅに化粧品を買いたいと言ったら、すぐに目を輝かせて楽しそうに「わかった!!任せて!!」と言ってくれて、その後に化粧講座までやってくれたほどだ。


講座を終えて初化粧が出来て鏡で見た時、自分がここまで変わるのかとビックリした。


今日は一人でやったから、前ほど上手く出来なかったが、可愛くなれたのかもと自信を少し持てた。



だが同時に急に変わったのを周りにお披露目するのは恥ずかしくて、来るのに勇気を必要とした。


しかも実際、案の定こうして内野君に突っ込まれた。


一人緊張が高まる。



「な…なによ!!変って言いたいの?いーじゃん!!」


「いや…全然変ちゃうで!!びっくりしただけ!!」


「びっくりしたって…し…失礼な!!」


「あはは。何が?」



ドキドキして止まらないのに、いつもの憎まれ口しか出来ない自分が情けない。


内心嬉しいのに…



「ん…悪い。俺が最後?」



ぎょっっ!!!!



いつの間にか私の後ろにタマがいた。


こいつはいつも急の登場で心臓に悪い。


ついにタマも来て全員が揃った。


…と言っても、まだ待ち合わせの5分前である。



「おぉ!!なんや!!余裕の集合やん♪行こ行こう!!」



そう言って内野君はさっそく動き出した。


今日はジチシコの仕事も関係なく遊ぼうとなり、カラオケに行くのだ。



「…ポチこれ。メールで言ってたやつ。」



いきなりタマはカバンからプリントを私に渡す。


見てみれば、お化け屋敷の見取り図…。



今日はジチシコの仕事を忘れるんじゃなかったのかよ…


久々に遊べると少し浮かれていたのも現実にかえる。



「…ありがとう。目通しとく。」



立ち止まりタマから受け取ったプリントをバッグに閉まった。


入れ終わって顔を上げると、内野君とシヅはもう先に歩いていた。


ただタマだけは先に行かずに待っててくれたみたいで、隣で私をじっと見ていた。


黙って見られて化粧をしていたことを思い出した。


感想を言われてることに緊張が走り、タマが何か言う前に喋りたくなった。



「へ…変って言いたいなら、そう言えば?」



そう言われたタマはピクッと反応した。


でも実際は私が思っていたものではなかった。


背の高い彼は茶色の瞳を細めて怪訝な感じを醸し出した。



「……何が?」


「…へ?」


「もう紙入れたんなら行くぞ。」



それだけ言って内野君達の方へスタスタと歩いていった。



あぁ……ね?


タマは私が化粧しようが興味ないわな…そりゃ。


ってかタマのことだから化粧にすら気付いてないかも…



…ありうる!!!!



緊張してた自分がアホらしくなって皆に続いた。



でもそもそもタマが無言で見てんのが悪いんじゃん!!

と無意味な八つ当たりを心の中でした。



タマと関わってから数ヶ月くらい経ったけど、未だにタマのことがよくわかんない。


まぁそんなこと、はじめからわかってたことだけど…



「30分待ちだって!どうする?」



タマと二人でやっとカラオケBOXまで追い付いたら、先に受け付けでしてくれていたらしく、着くなりシヅにそう言われた。



「別に30分やったらえぇやろ?そこらへんで座って待っとこうや!」



シヅは私達に聞いてたけど結局内野君の提案で待つことになった。


横長の黒いソファーに他のお客も座って待っていた。


そこから少しだけ空いてるスペースを見つけて内野君は女子二人に席へと促した。



「どうぞ。二人座りぃ。」



そんな爽やかな笑顔でエスコート(?)されたら胸がキュンとなってしまうに決まっている。


でもそんなことを悟られないように自分を落ち着かせてから手を横に振った。



「いいって!!内野君が座りなよ!」


「まぁまぁ、そう言わんと座りぃや!!」



どうしようか迷って立ち往生してたら、シヅが柔らかい動きでソファーに座った。



「せっかくウッチャンが空けてくれたんだから、座ろ?菜月ちゃん♪」



それだけ言ったら、内野に向かってゆっくりと笑った。



「ウッチャン、ありがとう!!」




――…あ



これが可愛い女の子なんだ…。



シヅのその笑顔を見て、それが"正解"だったのか…とわかって、なんだか恥ずかしい気持ちになった。


私ってホント可愛いくないなぁ…


そう思いつつもシヅを真似するように「ありがとう」と小さく言った。


それすらも愛嬌がない。


でも内野君は笑顔で「うん」と答えてくれた。



シヅの隣に座るとなんだかすごくいい香りがする。


香水…かな?



シヅの前を内野君が私の前をタマが立って、4人向かい合う。


その時タマが首を傾げてシヅを繁々と見つめ始めた。



「ん?マー君どうかした?」


「詩鶴もしかして…髪染めた?」




え?



「お!!当たり!!こないだ薄くオレンジにしたんだ☆」



サイドにひとつにまとめた弛いパーマをよく見た。



「ほんとだ!!シヅの髪色が明るくなってる!!」



でも言われるまで気付かなかった…



しかもそれに気付いたのは


詩鶴の名字も私の名前も覚えれず、私のメイクにもスルーの男…



タ マ ! ?



やれば出来るじゃんか!


シヅの髪の色変えたよりもそっちに驚いた。


……というよりそうだよね。


シヅぐらい可愛い女の子なら小さな発見もわかるくらい、それぐらい見たくなるよね。


隣の可愛いに女の子に対して、急に劣等感を感じ始めた。



って…


いやいや!!シヅは友達なんだから、そんなマイナスな気持ちを持つんじゃない!!


一人で落ち込んでは一人で自分を励ました。



でも…内野君もやっぱシヅみたいな子の方がいいのかな?


シヅを見て「夏っぽくてえぇやん!!」と褒めている内野君をチラッと見て不安になった。



内野君への自覚をしたとたんに心配事が最近増えた気がする。



恋ってドキドキして楽しいものばっかと思ってた。


中学のころに恋っぽかった人もいたけど、見てて楽しいとか憧れという感情が強かった。


こんな身近な人を意識したのは初めてだ。


近付けば近付くほど、嬉しくて哀しい。



…変なの。


30分なんてほんとあっという間に過ぎ、私たちは小さな個室に通された。



初めてのメンツによるカラオケだから、どうやって始めたらいいものか少しソワソワしていたけど、すぐにそれは無駄と感じた。



「はいはーい!!わたくしシノブ!!トッブバッターいっきま~す♪」



すでにマイクを手にして内野君がハウリングが少し起こるくらいに大きな声をだして、ノリノリでリモコンで曲を入れているのだ。



最近、若干の恋のフィルターが掛かっていて、すっかり忘れていたけど…


そういや内野君ってこういう奴だった…



ウキウキとイントロを歌い出す内野君を見て密かに溜め息をついた。


こんなアホを好きになっていいのか!?自分!!



でも…



よく耳にしたことのある夏のアゲウタ。


実はAメロとかあんまり聞いたことなかったけど、サビは有名だし、合いの手も入れやすい。


最初の遠慮とかどっか吹き飛んで盛り上がってきて、次が歌いやすくなった。


シヅも次の曲を入れたようで、耳元で「はい!!」と言ってリモコンを渡してくれた。


わかっててやったかなんてのはわかんないけど…


内野君のそうやって空気を良くしてくれる、気遣ってくれる優しさが…



好きだな…



アホみたいに叫びながら楽しそうに歌っている内野君を見ながらそんなことをふと思った。



1時間経ち、程よい隙を見てお手洗いで席を立った。


クーラーが利いていた部屋から出ると廊下がやけに蒸し暑い。



手を洗いながら鏡の前の自分がいつもと違うことに気が付いた。



そっか…

化粧してたんだっけ…



手を拭き、髪を改めて整える。

化粧直しでポーチも持ってくればよかった…



オシャレに関して、とことん気が利かない自分に溜め息を付いた。


戻る途中の廊下でトイレに向かおうとしてるだろうタマと鉢合わせた。



トイレで鉢合わせってちょっと気まずい。


どうすればいいのか戸惑う。


てか男子トイレはあっち側の通路なんだけど…



「…やっほ!!」



とりあえず無視はしないでおいた。



「…何?」



…普通に冷たく返された。



「えー…いや…なんとなく?」


「…あそ。」



きーー!!!!!


これだから無愛想ネコは嫌なんだよ!!


話が弾まねぇ!!



溜め息をあからさまに吐いてやった。



「…ちなみに、トイレだったら逆だよ。こっちは女子。男子はあっち側。」



それだけ言って、さっさと部屋に戻ろうとしたら、



「違うから。」


「…は?」



すれ違う前にすぐさま否定された。


ほんと掴めない奴だ。


無口キャラってわけじゃないのに…



「何がいい?」


「…へ?」


「…飲み物。いまから取りに行くんだけど。」



無口じゃないけど言葉足らずなのは確かだ。



ここのカラオケ店はドリンク飲み放題だけどセルフサービスとなっている。


タマは何がいい?と聞いた割に私の返事も待たずに会計横にあるドリンクバーを目指して進んだ。


しょうがないので付き合ってやろう。



「私、紅茶!!あの二人は?何飲みたいって?」


「二人ともまだいらないって。」



コップに氷を入れてやり、それをタマに渡したら、紅茶を入れてくれた。



「みんな歌上手いねー。特にシヅとか!!」


「あぁ。」


「髪染めたし、この夏休みでますます可愛くなったし、そのうえ歌まで上手いとか完璧じゃん!なんていうか……ほら…。」



タマが二杯目のコップにコーラ入れてるのを眺めて、続きの言葉が出ない。




あれ…


まただ。



胸が妬けるような息苦しさ…



元々可愛くない自分とすごい美人のシヅを比べて…


てか比べるとか意味ないし!!



なんで…私、シヅに…




「…嫉妬?」




ギョッッ!!??




黙りこくった私にタマは首を傾げて突然、核心をついてきた。



「な…に…何よ突然!?本当タマって喋んの突然だよね!!ほら!!あれ…内野君のこと好きとかさ!!あー…始めの頃からそうだったよね!!ジチシコやめてとか…」


「…ポチもあの頃から焦るとたくさん喋るよな。」


「!?」



…ホント、こいつは…



「…別に焦ってないし。」


「…はいはい。」



私に紅茶を渡すと、それだけ言って歩き出した。


気まずい空気となった今、その後ろをトボトボと着いて歩くことしかできず、しかしこのままの空気で内野君達が待つ部屋に向かうのもなんだかな~。


その空気を切ったのは珍しくタマだった。



「ウッチャンの、」


「…え?」


「…ウチノのこと好きなのって結局マジだったの?」



気まずい中と思っているのは私だけ?


なんでタマはこんなにデリカシーなしにガンガンに聞いてこれるわけ?



「…いま切り出す話題それ!!?もう良くない!?それについては!!何そんな気にしてんのよ!!」



さっき指摘されたばかりなのに、癖で思わずたくさん喋ってしまっていた。


…後から気付いたことだけど。



「…さっきポチが言ってて、思い出したから。」



【~内野君のこと好きとかさ!!】



墓穴ッッ!?



あぁ…私のバカ。


迂闊うかつにペラペラ喋るもんじゃない。



「ポチが化粧とか……いつもと違うし。」


「…え?」


「あー、やっぱウチノのこと意識してんのかなと。」



タマ得意の無表情の一瞥いちべつを受け、なんて答えていいのかわかんない。



素直に言うべき!?


言ってどうすんの!?


相談?


協力?


どっちもタマには無理そー!!!!



そもそもこんな気恥ずかしいこと誰かに言うってのが私の性格上、抵抗ある。


からかわれるとなったら最悪の結果だ…。



もう話題をそらせるしかない!!



って、こっから何の話題に切り替える!?



えーっと…


えー



「そ…そういうタマはどうなのよ!?」


「は?」


「す、好きな人!!ほら実は…」



……あ



「実は…シヅのこと好きなんじゃないの?」



話題を変えようとしただけだったけど、それは本当に私が前から思ったことだった。



私がジチシコに入る前から、タマはシヅとは楽しげに喋ってたし、何かとシヅ贔屓びいきだし、誰よりも早くシヅの変化に気付く。



もう二人が待つ部屋に着いたけど、話の途中のせいか、どちらともなく、扉の前で立ち止まっていた。


タマは探るように私の顔を伺ったみたいだけど、すぐにそっちから顔をそらせた。


…やっぱり。



「それは…ない。」


「…嘘!?」


「嫌いじゃないけど、詩鶴はそんなんじゃない。」


「そうには見えないけど…」


「彼氏いる奴を好きなんねぇょ。」


「そうだけどさ…………え?」


「てかなんで詩鶴になん…」


「それ本当!?」



思わず食い気味で聞き返した。



「…何が?」


「シヅって彼氏いるの?」


「知らなかったんか?」


「う…うん。」


「でももしかしたら気付いてると思ってた。」


「え!?もしかして知ってる人?」


「あぁ、だって」




ド ク ン …



嫌な予感が脳裏を走った。



「知ってるも何も…ウチノ…奴だろ?」



あ…



あ…は は



「あはは。マジで!?知らなかったし!!」


「うーん、でも最近よく二人でいたじゃん。」


「あーそうだね!!」



あはは!!


なんだ。


なぁ~んだ。



「あ!!」


「ポチ?」


「私ストロー忘れてた!!」


「…別にいらないだろ?」


「んー…やっぱ取ってくる。タマの分も取ってこようか?」


「俺はいい。」


「そ?じゃぁ行ってくる!」



もう一度ドリンクバーへ戻る。


その後ろでタマが部屋に入る気配がした。



ドアを開けた瞬間にカラオケ特有のステレオ音が漏れた。



「マー君遅ーい!!」



マイクを通したシヅの声。



パタン。



そっか…


そっかぁ。



シヅの彼氏は



内野君。

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