握手の一歩
握手の一歩
西に揺らめく太陽に影を伸ばされながら、テントや机・椅子はほぼ撤収された。
私はその様子を教室の窓から眺めていた。
片付けを終えたクラスメイトはTシャツに寄せ書きしたり、写真を取ったりと興奮が冷めない様子で、終わりを噛みしめ合っている。
だけど私はそんな気分になれない。
それは行事が終わった私達と未だにバタバタとしているジチシコの人達とのギャップのせいだろうか。
グランドに、かじやん先輩と辻田君が走っているのが見える。
その時、教室に先生が段ボールを抱えて入ってきた。
「よーし!!みんなお疲れ!!HRして今日は解散だぁ!!だがその前にこれをみんなに配るぞぉ!!お疲れ様ぁ!!」
段ボールの中はアイスだった。
購買部で買ったのであろうそれは、たくさんの種類があった。
生徒は「いぇーぃ!」「先生いいとこある~!!」とかで喜んでいる。
次々となくなっていく段ボールの中は、3つだけ残った。
「え…あー…そっか…あの3人はまだ片付けしてんのか…」
先生は頭を掻きながら「しまったぁ」と言った。
早くしないと溶けてしまう。
一人の男子生徒は気にしない風に声をあげた。
「いいじゃん!!溶けちゃうし。残ったのはじゃんけんして、もぉ食べちゃおうぜ!!」
「こらこら、そういうわけには…」
残り物を食べられてしまおうという空気になりかけたので、
「先生!!私…」
私は急いでに立ち上がった。
いきなり言い出したので、皆から注目されてしまった。
恥ずかしい…
でも…
動かずにはいられない。
聞きたいことがあるのだ。
「私、代わりに急いで呼んできます!!」
それだけ言うと教室を出た。
「え、いや乾、数学準備室の冷蔵庫に入れとくから別にいい…っておい!!乾!!」
後ろから先生の声が聞こえてきたけど気にしない。
走った。
私が参加した競技よりも早く走れたように思う。
辻田君に…タマに聞きたいことがある。
そして言いたいことがある
グランドにはタマ一人がいた。
内野君達はどこいったのだろう。
「辻田…君…」
いきなり走ったから喉がヒューヒュー言って、声を張りづらい。
タマもまだ気付いていない。
大きく深呼吸して、息を整えてから大声を出した。
「タマ!!」
太陽の逆光に晒されながら、タマはゆっくりとこっちを見た。
「…ポチ?」
「あ…あの…先生がアイスを差し入れてくれて、タマ達のが残ってるから、食べに来なよ?」
「…あぁ、ありがとう。でも今は行けねぇや。」
一歩一歩こちらに近付いてきながらタマは応える。
グランドの中央で二人だけが立っている。
「ジチシコだから。」
それは体育祭が始まる前までのHRにも同じことを言っていた。
あの時は「オイオイ…」と呆れていたけど今は少し違うふうに感じる。
「あーぁ…アイス食いたかったのにな…」
悔しくもなさそうにポツリと言ったタマは溜め息をついた。
そんなタマに声をかけた。
「…ねぇ?」
「何だよ?」
「指輪…見つかってよかったね。」
「だな。稀にみる奇跡だった。」
そう…あの宝探しで本当に指輪が見つかったのだ。
大勢で探したとは言え、あんな中でまさか見つかるとは思わなかった。
でもすごく嬉しかった。
あのあとは千世さんが責任持って、指輪を安川先輩に返したそうだ。
「もしあれで見つからなかったらどぉするつもりだったの!?」
「別に。見つかるまで今も探してたんじゃねぇの?」
「そっちのが無謀だよ。」
思わず笑った。
タマって本当わかんない。
「一緒にジチシコ室で碁石とか集めてた時はタマも宝探しってゲームを知らなかったんでしょ?なんで内野君に何も聞かなかったの?何も知らないのに取りに行ったの?」
「…質問攻めだな。」
「いいでしょ、別に。」
「…そんなこと聞く時間の猶予もなかったし、ウッチャンが言うなら、まぁ大丈夫だろって思ったから。」
…うん。そうだと思った。
タマに限らず、全員が全てを把握していたわけではないのに、それぞれを信じて行動したからこそ、今回のようなスピード感で実行することが出来たのだ。
『高校生活充実させたいんやろ?』
初めて内野君にジチシコに誘われた時の言葉を思い出す。
うん。
私は自分を高めたいし、私を楽しみたい。
高校に入学して決めたこと。
それがずっと…悩んで苦しんだ"あの日々" から出した答え。
私は高校の間で見つけたい。
それをジチシコで見つけたいと思う。
私もジチシコみたいに人を信じて人から信じてもらえて、そんな自分を信じれるようになるのだろうか。
私も一緒にやりたい
「ある程度チェック終わったから、俺はジチシコ室に戻るぞ。じゃぁ…」
そう言って横を過ぎ去ったタマに向かってもう一度声をあげる。
「タマ!!あのね!!」
「…まだなんかあんのか?」
「私、ジチシコに入ってもいい?」
体を半分捻ってこちらを見ていたタマは驚いたように目を見開いた。
「体育祭終わったあとだけど、私もジチシコで手伝ってもいい?」
「…どうしたの?てかなんで俺に許可を求める?」
「だって、最初に見学に行った時、反対したじゃん…」
「時期的にやりづらいってだけで入んなとは言ってねぇぞ。」
「…迷惑だって言ったくせに。」
そう言ったらタマはピクッと体を反応させて、私をちらりと見た。
溜め息をついて、少しずつまた私のところへ戻ってきた。
「悪かったよ。」
「…え!?」
「言葉悪かったとは思う。後先考えてなくて、……ごめん」
近い距離なのに、全然こっちを見ない。
でもそれは罪悪感ゆえにというのがわかるので、少しも感じ悪くない。
なんだか可笑しくなった。
まさかタマとこんな近くでケンカすることなく、話せる日がくるなんて、初めて食堂で言葉を交わしたあの時には思いもしなかっただろう。
「…入ってもいいんだよね?」
「あぁ。」
「入部届けとか必要かな?」
「志方先輩に言えばなんとかなるよ。」
「うん…そっか。」
タマはまだこちらを見ない。
でもなんだか嬉しい。
私はタマの顔を覗きこんでから、手を差し出して握手を求めた。
急に出された手と私の顔を交互に見て、不思議そうにしている。
「これからジチシコとして一緒に頑張りたいので、よろしくね!!タマ!!」
「……ところでなんでタマって呼んでるの?」
握手しないでタマは質問してきた。
…このタイミングで!!?
私の右手は宙に浮いたまま、言い返した。
「な…なんでって、タマってのが辻田君のあだ名でしょ?てかタマだって私のこと"ポチ"って呼んでるじゃない!!」
「…他になんて呼ぶんだよ。」
「普通に名字とか!!」
「…知らない。」
「…は?」
「ポチの名字も名前も知らないのに、なんて呼ぶんだよ。」
「…」
「…ん?でも詩鶴が前になんか呼んでたな…何だっけ」
「…」
「まっ、いっか。よろしく。」
そう言ってタマの右手を出して私と握手をしようとした。
…―が私の右手を掴めず、透かした。
一方、私は右手を振りかざした。
バチーーーン!!!!
「いッッッたあぁぁぁ!!!いきなり顔殴んなよ!?なんだよ!?」
「うるさい!!顔の次は名前知らないとかありえないから!!」
「だからって顔殴るこたーねぇだろがよ!!!」
「うるさい!うるさい!!少しでも見直した私を返せ!!」
「意味不明なこというなよ!!ちょ!!待てよ!!どこいくんだよ!!」
「うるさい!!ついてくんな!!」
「待てって!謝れよ!!」
「だからこっち来ないでよ!!謝ってほしいのはこっちよ!!」
グランドの静寂を切りながら、私は隣り合わせで歩いてく。
手と手を取って握手する日はまだ遠いようだ。
体育祭が終わり
春が終わり
夏が始まる。
私の高校の
ジチシコの
夏が始まる。
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