ジチシコの姿

ジチシコの姿


「先輩!!お願いがあるんスけど!!」



テントの中に座っている先生達から更に前方にいる放送席の隣に志方先輩がいた。


さっきダンスを見てた時もいてたのだろうが、気付かなかった…



「赤チームの三年で、同じクラスに付き合って一年の彼氏がいて、こんくらいの背で大人しそうな先輩知ってますか!?」



辻田君はさっき涙ぐんでた先輩の特徴を言った。


志方先輩は眼鏡を上げて首を傾げた。



「さぁ…俺と同じ二年生はともかく三年ならもっと情報がないとわかんないな…その人がどうしたの?」


「指輪をダンス中にグランドに落としたみたいで…」


「あぁ…なるほどね。」



私達と違って落ち着いて話を呑み込めた先輩は大人な感じがした。



「それって安川さんじゃないの?赤組でさっきのダンペアが彼氏だった人だよね?」



放送席でミキサーをいじってた放送部の人が会話に参加してきて、志方先輩はその女の人に顔を向けた。



千世ちせさん、本当ですか?」


「だから…ん~っと…あ!あった!!この人?」



千世さんと呼ばれた先輩らしき人はミキサーの前にばらまかれたプリントの中から一枚を探し出して、辻田君に差し出した。


私も一緒に辻田君の横から覗き込んだ。


それはチームの一部集合写真が載っているプリント。


そこにいる内の一人にさっきの先輩がいた。


それを確認した辻田君は「はい。この人です」と言って頷いた。


その時グランドの向こうから間延びした声で金髪が近付いてきた。



「うぉーい!!辻田ぁ~?お前、審判どうした!!まだ組脚が残って…」


「かじやん先輩。この人のさっきのダンスポジションわかります?あと移動コースも。」



辻田君に質問されたかじやん先輩は急なことで「はぁ?」とだけ反応する。


そして辻田君は急に私の方を見て、突然の視線にビビった。



「ポチ、ジチシコ室に行って熊の手何個か持ってきて。」


「…何それ?」



辻田君は全部の指先だけ曲げて爪をたててるような手をつくってる。



「…こんなん。」


「…クワみたいなの?」


「そうそう。小っちゃいトンボのスコップみたいなやつ」



…クワじゃないのかよ。


軽くイラっときた。



「ジチシコメンバーは今は持ち場離れられないけど、ジチシコの建物知ってる人ってあんまいないから、ポチがいて良かったよ。」



相変わらずの無表情。


さっきの笑顔はどこいった?


でもいつも以上に饒舌じょうぜつ


それにサラッと嬉しいことも言ってくれた。


…だからさっきのムカつきもチャラにしてやらなくもない。



「…早くしてくんね?なんのためにポチに頼んでんだよ…」



…無表情は言葉によって同じ表情でも印象が変わるんだな…と、かな~りムカムカしながらジチシコ室に向かった。


私が前回ジチシコ室に入った時と変わらず、ごちゃごちゃとした部屋だ。


しかし案外早く、袋に入っていた複数の熊の手が見つかったので、それを持ってすぐに皆のいるテントへ戻った。



「ハァハァ…これで合ってる?」


「あぁ!審査の説明は粗方して、あとは実習生に任せたから。俺も探す。ポチ行くぞ!」


「うん!」



辻田君から熊の手を渡し、頷いた。


私達はトラック内で、ひざまつき、熊の手を使って、砂をかいては指輪を探した。


他のジチシコは変わらず体育祭が円滑に進むようにしている。


むしろ抜けた辻田君の分も忙しくしている。


だからこの時間に絶対に指輪を見つけなきゃ。


グランドの周りで、トラック外は競技で盛り上がっていて、組脚・スウェーデンリレーと着々と終盤を迎えていた。



指輪を捜索して15分…



広いグランド中央


競技はトラック外とはいえ、先生や選手がトラック内にゼロというわけじゃなくて、私達の横を人が通り過ぎていく度に砂が蹴られて少しずつ入れ替わる砂。


捜索人数…たったの二人。

私と辻田君。



私らは今とても無茶で無謀なことをしているのだと、気付き始めた。



一応辻田君が調べてくれた安川さんの踊った場所を中心に絞って探しているが、それでも範囲は広い。


移動しすぎなダンスだよ!!


最悪の場合、気付かないで指輪を蹴ってしまってとか、ダンスポジションとはズレた場所に指輪があるかもしれない。


ジリジリと肌が焼かれているのを感じ、頭も触れば熱々だ。



でも只ひたすらグランドを熊の手で掻いて、掘って探すしかなかった。



夢中だった。


手も膝も靴も熊の手も砂だらけにして、白っぽく汚して、夢中で探した。



暑い!

暑い!!


広い!!


どこ?

どこ?


どこ?


途方もない時間が無情に過ぎていく。


空き缶のプルトップだったり、よくわらかん金属の輪とか、ペットボトルの蓋とかいすの脚に付いていた丸いゴムとか…


ともかく"それっぽい"ものが多く出てきて余計腹が立った。



どこ?


早く見つかれ!!


30分経った時、自分に対して日陰が出来た。


見上げたら逆光で顔はわからないけど辻田君が私を見下ろしていた。



「あ…辻田君、中々見つかんないね。」


「…やばいぞ。」


「いや…もう覚悟するしかないでしょ。こんな広いとこで小さい指輪探すんだから。」


「…そうじゃなくてやべぇんだよ」


「……何が?」



立ち上がって辻田君との目線を近づけた。


辻田君は小さく息を吸った。



「次の競技、騎馬戦。」



トラック競技と違って、たくさんの足がグランド中央を踏み、蹴り、駆け抜けて行く。


そんな砂ぼこりがあった後に指輪を探して見つかる確率って…



「…やばいね?」


「…だろ?」



焦りどころか何故か辻田君はニヤっと笑った。



なんというか…とことん運悪りぃぃ~!!!!


そんな時、向こうからグランドを走ってくる1つの影が見えた。



「ポチ!!タマ!!」


「え?内野君、なんでココに」



辻田君は私の疑問に対して、



「俺がジチシコ皆に説明してるから、指輪のこと知ってるに決まっているだろ」



サラッと流しながら私に説明した後、すぐに内野君と喋りだした。



「指輪はまだ見つかんねぇ。ところでウッチャンはどうした?なんかあった?」


「騎馬戦始まると捜索不可能になるから、」


「あぁ、わかってる。」


「だから競技変更!!」


「…え?」



競技変更と言った内野君は走ってきたからか、少し息が荒いのに、楽しそうに片方の口角をあげた。



「だからタマはポチと一緒に、碁石と駒とコインとかを取りに持ってきてくれへん?」


「…わかった。」



はじめは驚いた辻田君も同じように笑った。


笑えずにいるのは意味を飲み込めてない私一人だ。



「え?えっと…?あの」


「ポチ!!急いで行くぞ!!」



辻田君に手を取られて引っ張れる。



「えええぇぇぇ!!!??なに!?」



つられて一緒に走り出すけど何一つ状況がわからない!



「ね…ねぇ!変更って騎馬戦やめるってこと!?いいの!?それ!」



辻田君のスピードに引っ張れながら走っている背中に聞いた。



「俺らは生徒会と違って選挙なしでジチシコしてんだ!!」



質問の答えになってない。

何の話し?



「つまり生徒からの人望なんて関係なくても、活動出来んだ!でもこうした学校行事とかの執行・運営を生徒は俺らジチシコに全面に任せる。」



辻田君が少しこっちに振り返った。



「変な話だろ?でも…」



速度を落としてジチシコ室の前に立った。

繋いだ手もするりと離された。



「でもこれって案外、本当の自主自律の形だと思う。皆が一人一人自分と向かい合って、周りの人間を支えられたのなら、この世に選挙なんていらねーんだ。誰であろうと支えて、誰であろうと信頼して、支えられることを認めれる。」



ガラガラと錆び付いた扉が開かれる。



「すっげえ難しい事。でも俺もそういう人間になりてぇ。だから代えてはダメとかそんなルールより守りたいものを見失いたくねぇ!!」



ずんずん進んで透明のゴミ袋をこっちに渡す。



「生徒会みたいに皆の認定が必要だったら、選挙のために多数派を守るしかない。身動き出来ない。先生も黙っちゃねぇ。でも…」



少し間をおいてまっすぐと私を見た。



「自主自律なんだ!!形とか知るか!!横暴と言われようが、かまわねぇ!!俺らジチシコは皆で皆を守る!!俺らにはそれができる!」



持たされた袋の中に碁石、将棋の駒、おもちゃのコインとたくさんバラバラと入れていく。



「指輪は絶対見つけてみせる。」



辻田君の言ったことはとても難しかった。


でも辻田君のその姿に背筋がのびて鳥肌がたった。


ゆるぎないその意志に鼓動が熱く高鳴った。



入場門で感じた違和感を少し掴めたような気がした。


私が思っていた以上にジチシコは生徒会とは違うんだと。



「だいたい入れたな…。持ってくぞ。」



熱弁していた辻田君はすっかりいつもの調子に戻った。


辻田君は戻っても、私はいつもの私に戻れなかった。


…だけど戻ろうとも思わず、私にひとつの考えが浮かび続けていたからだ。



袋が膨らんだところでテントに向かった。


戻ったころにはスウェーデンリレーは全チーム終わったみたいで騎馬戦のスタンバイの形でトラックの周りを皆が囲んでいる。


みんな中央に注目しており、いつまでも始まらない合図にざわつきはじめていた。


テントに帰ってきたのに気付いたかじやん先輩は勢いよくこっちに叫んだ。



「遅ぇよ!!早くそれをグランド中にバラまけ!!」



何の競技に変更したのかもわからないままに混乱したけど言われた通りにするしかなかった。



周りの皆も何が始まんだ!?なんで待たされてる?早くやらせろ!!とザワザワ文句言っている。



私だって何があったのかよくわかんないんですけど!?



内野君とかじやん先輩は待たせてる生徒達を押さえながら整列させたり、「もうすぐ始まります!!」と事情説明してる。


詩鶴ちゃんは段ボールの空箱をグランドの端に何個も置いている。


スピーカーからガーガーと音が鳴り始めた。



「あーあー…静かにしてくださ~い」



放送席からマイクを通した千世さんの声が聞こえてきた。



「たいへん長らくお待たせしました。今から騎馬戦から変更しまして、宝探しを行います。」


「「「はあ?」」」



私だけじゃない。

グランドの周りで待っていた生徒誰もがそう言ってしまった。



「今、目の前のグランドでは様々なものがバラまかれています。」



突然のことで思わず手を止めてしまったが、千世さんのその言葉で我に返り、再び手元のたくさんの小さい物をまきはじめた。


しかし心は千世さんの次の言葉を待っていた。



「ルールは簡単です。グランドにおかれているものを拾って各チームに配られている空箱に収めてください。石や砂は無効です。拾ってもらうのは、コイン、碁石、クリップ、将棋の駒、番号の書かれた小さな玉…」



ここに来て、この競技の糸が見えた。


これはもしかして…



「…―そして指輪です。」



そう…これは

皆で指輪を探すという

"宝探し"なのだ。



「拾われたものによって得点の差があります。ですが、それは今ここでは明かさず、すべての競技が終わって結果発表とともに宝探しでの得点も発表してその場で加算したいと思います。つまり最後までどこが勝ったかもわかりませんし、逆転も大いにあります。」


「「おおおぉぉ!!」」



文句ばかりの生徒たちも妙な納得で、歓声があがった。


だが確かに、この方法はスリルが生まれ、面白みを感じる。



持っていた袋も空になったところで放送部のテントに急いで戻った。


案の定、放送席の近くに志方先輩がいた。



「志方先輩!!これは…どういう…」


「ん?あぁ!!ポチちゃんありがとうね。こんなに手伝ってもらっちゃって。」


「そうじゃなくて!!いつ、こんなこと決めたんですか!!?」


「そんなんさっきに決まってるよ。」



志方先輩特有の優しい笑顔でふわりと言われた。


ちょっとの時間差で辻田君も帰ってきた。



「辻田君も知ってたの!?こうやって指輪探すって!!」


「……知らなかったよ。ギリギリまでポチと一緒にグランドで探してたんだから、いつ聞くんだよ…。」



当たり前じゃん?と言わんばかりの顔で言われてしまった。



…いちいち癇に障るなぁ。


私が眉間に皺を寄せたのを見て、志方先輩はクスッと笑って説明してくれた。



「ホントにさっき決めたんだ。辻田達がグランドに出て、俺はすぐに騎馬戦の時間になったらどうしよかって話になって。そしたら内野が『皆にも手伝ってもらいましょうよ』って。」



グランドにいる内野君はいよいよ始まる宝探しのことで、かじやん先輩と詩鶴ちゃんと何かの合図を送っている。



「あいつは最初は純粋に事情説明して手伝わそうとしたみたいだけど、そうさせるわけにも行かないから、俺と前島と梶原でちゃんとしたゲーム性のあるものを急いで考えたんだ。」



志方先輩が「そうじゃないと今以上に反感買っちゃうから」と言って笑っているのを見て、周りの評判がどうなのか、何て言われているかをこの人は知っているのだと気付いた。


知っていながら、この人達はやっていたのだ。



「急いで作ったせいで、かなり荒削りな内容になっちゃったし、かなりの変更点が出来たけど皆でやったから間に合ってよかったよ。」



まずは内野君が言い出した。


それを志方先輩と前島さん(前島さんが誰かわかんないけど、多分ジチシコのメンバーなんだろう)が内容をつめた。


決まった内容に対して志方先輩が各自に指示を出した。


辻田君と小物を集めている間に


かじやん先輩は整列、開始終了隊型を練り直し


詩鶴ちゃんが数個の箱と他の小物を用意して


前島さんが審査・得点について更につめて


千世さん達はルール説明をまとめて


かじやん先輩達は整列、鎮圧に走り回って


グランドで詩鶴ちゃんと私達は準備をした。




そして…

千世さんは言う。


それは完成を告げるのであり、始まりを告げる。



「お待たせしました!!では行きましょう!!位置について……用意…」




私の中で先程生まれた考えは、消えることなく膨み続ける。


この一体感。


夢中で駆け抜けた感覚。


自主自律の在り方。


皆を守りたい想い。






あぁ、私はこの人達とジチシコをやっていきたい。






―パアァン―



ピストルの発砲音とともに宝探しは始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る