事件勃発

事件勃発


先生や来客が座っているテントに近づいたら、内野君は走るペースを落とした。



「ごめん!!うっかりしてたわ!!」



アハハと笑う内野君はそう言いながら辻田君のところへ行った。



「何してたんだ?」


「いや~ポチとダベってたら時間に気付かなくて遅れた!!」


「……ふーん」



辻田君がチラッとこっちを見た。


"こっちを"というより内野君と私の繋がれた手を見た。



それに気付いた私は思わずガバッと手を離した。


過剰な反応をしてしまって、これではなんかやましいことをしてたみたいだ。



「ふーん…」



辻田君がニヤリともせず、もう一度いうから余計に恥ずかしくなった。


そしたら向こうから



「あ!菜月ちゃんだぁ!!どぉ?体育祭楽しんでる?」



本日初となる詩鶴ちゃんもこっちに来た。



「あれ?菜月ちゃん日焼け?真っ赤だよ!」



日焼けじゃないのは薄々わかっていたが、頷くことしか出来なかった。



「おいで!!ダンスもう始まっちゃってるよ!!」



そう言って詩鶴ちゃんに腕を抱きつかれて、引っ張っぱられる。


そのままの形で先生達が座ってるテントに堂々と入っていく。



おいおいおいおい!!


ここって、教員スペースのテントで生徒は放送部以外入っちゃダメな席じゃない?


日陰の中座れて、しかもダンスを近い場所で真正面から見れる。


確かにすごい特等席だ。


でも…



焦った様子が詩鶴ちゃんに気付かれたみたいで彼女はニヤっとこっちを見ながら笑った。



「せっかくジチシコやってんだから、これぐらいの優遇は別にいいでしょ?♪先生、私らに文句言えないから大丈夫だよ。」


「いや…私ジチシコじゃないし…」


「菜月ちゃんは特別♪気にしなくていいよ。ほら日焼け止め塗ってあげるから座って。」



促されて座ったら、顔に優しく日焼け止めを塗ってくれた。



「ポチがここにいる意味ねぇだろ。」



頭上から聞こえる声にドキッとした。


ドキッというよりギクッというのが近いかもしれない。


いつの間にか辻田君もテントに入っていのだ。



困るとか迷惑とかジチシコに関して拒否られてたのに普通にジチシコ特権枠に居座ってます…



内野君とのことでそもそも辻田君と気まずかったことすら忘れてた。


謝って急いでここから出よう。


そうする前に辻田君が先に口を開いた。



「そんなん塗って顔を詩鶴に向けさせたらポチがダンス見れねぇじゃねぇか。せっかくここにいんのに…」




ん?



「女の子の肌へのデリケートはマー君にはわからないですー!!」


「あ?なんのためにテントいんだよ!?」


「塗り終わったらゆっくり見るもん!ねぇ~?」



詩鶴ちゃんは首を横に倒して私に同意を求めた。



「ぇ…あ…うん。」


「別に詩鶴に合わせなくていいぞ。ダンス見ろ、ダンス」



辻田君はクスリとも笑わず、淡々と言ってそのまま私達の後ろの席に座った。



『ポチがここにいる意味ねぇだろ』



ジチシコじゃないのになんで座ってんだよ!!と言われたのだと思ったこの言葉。


わざわざここで日焼け止め塗らなくてもいいだろ。



…という解釈でいいのだろうか。



さらにこれは私に対する"優しさ"ととることも出来なくもない。


内野君もテントに入り、辻田君の隣に座った。



「おぉ~こっからやとホンマ近いなぁ!!」



ホントに近い。


迫力のあるダンスを見ながら辻田君のさっき行動について思わず考えてしまった。



…―


全チームの応援の部も終わり、再び競技の部に戻った。



詩鶴ちゃんが伸びながら席を立った。



「ん~!!よかったね!すごかったぁ!!」


「やな!せやけどまた忙しくなんな!」



内野君も立ち上がり、伸びをした。


ダンスは応援団が中心に仕切っていたからジチシコはゆっくり出来たみたいなのだ。



「じゃぁ俺、入場門に戻るゎぁ。」



それだけ言って内野君はテントを出ていった。



ジチシコでもないので申し訳なかったけど、座らせてもらってよかった!!


特等席でのダンスに満足して私もテントから出ようとした。



「私も戻るね。詩鶴ちゃんありがとう!!」


「いいよいいよ。喜んでもらえたのなら♪じゃまたね。」


「うん!!またね!辻田君もバイバイ。」


「…ん!」



辻田君の軽い返事を受けてテント出た途端、2人の女の人に呼び止められた。



さっき見てたダンスの衣装を着ている。

先輩達かな…?



「あの…こちらに落とし物とか…届いてないですか?」



へー落とし物届けもココで受けてるんだ。

でも、私に聞かれても困る。



「あー…私ジチシコじゃないん…」


「何を落とされました?」



横から対処してくれたのは辻田君だった。


聞いてきた方の先輩は辻田君をチラっと見てから少し言いづらそうにした。



「その…指輪なんですが」


「「指輪!!??」」



思わず辻田君とハモってしまった。


ペン程度のレベルのものを想像してたからビックリした。



「…どこらへんに落としたかわかりますか?」



辻田君は後頭部を掻きながら話の続きを促す。


無表情だけど、辻田君も多分戸惑ってるのかもしれない。



「…多分…グランドに」


「「グランド!!??」」



またしてもハモってしまった。



「その…彼との一周年記念のペアリングなんです。」



俯きながら先輩は話を続ける。

おそらく落とした先輩の付き添いだろうもう一人が心配そうにソワソワと友達を見守っていた。



「ダンスが始まる前に入場門で衣装のポケットに入れてて、気付いたら消えてたんで…だから、踊った時に…落としたんだ…と…思うんです。」



先輩は今にも泣きそうな感じでポツポツとしゃべる。


付き添いの先輩は肩を支え「大丈夫?」と心配する。



「なんでそんな大事なものポケットなんかに入れたんスか?」



無表情の辻田君がもっともらしい事を言う。


しかし先輩のこの様子から、今それを言うか!?


でもそれが出来るあたりが辻田君である。



「その…ペア組んだのも相手が彼氏で、初めて同じクラスになれたのが嬉しくて、高校最後の…体育祭で…2人でそれつけて、踊りたくて…」



辻田君はボケっと聞いているだけだ。


予想だけど辻田君は多分、春のバレンタインの掟を知らない。



ついに先輩はハラハラと泣き出してしまった。



「はい……自分の…ふっ…不注意のッッせいだって…ッッ…わかってるん…ですけど…」



嗚咽を洩らしながら必死に言葉を続ける先輩を見て胸が痛くなった。


しゃべるのが難しいと判断したのか慰めていた先輩の方が説明しはじめる。



「ダンスの振りの関係で指輪つけたままは危ないってなって、元々2人ともネックレスにして着けてたんだけど、入場の直前でこの子のチェーンが切れちゃったんです!!どこかに保管する時間もなくて、ポケットに入れるしかなくて、しょうがなかったんです!!」


「理由はともかく指輪はまだこちらに届いてませんし、見つかるのも難しいかもしれませんね。」



辻田君は涼しい顔してキッパリと言い放った。



指輪を無くした先輩は涙を留めることなくより一層に泣き出し、友人は「はぁ?」と辻田君を睨んだ。



「一応見つかったらお知らせしますんでこちらにクラスと名前…」


「結構です!!!!」



そう言った友人の方は、泣き止まない先輩にむかって「行こ!」と言って肩を支えながら行ってしまった。


すごく先輩の気持ちが理解できる。


あんなわかりやすい他人事な態度は腹立つ。


先輩達がその場を去ってから、辻田に顔向けた。



「ちょっと!!もっと言い方とかあんじゃないの!?」


「あ?なんて言やーよかったんだよ?」


「望みない的な発言がまずありえないし!!」


「なんだよ!?『安心してください!!必ずきっと見つかりますよ』とか無責任なこと言えってか!?」


「言えばいいじゃん!!」



食い下がらずに噛みつく私に辻田君は一度、間をおいてから溜め息をついた。



「変に期待させて無理だった時はもっとショック受けんだろーが。」



スゥっと大きく息を吸った。



「そぉーいぅー問題じゃーないでしょうおぉっ!!!!!!」



キーン!!!と響くぐらいに叫んでやった。


周りがザワザワとこっちを伺う。


テントの向こうにいる詩鶴ちゃんも気付いたみたいで心配そうに様子を見ている。


切れ長の淡い茶色の瞳は動じる事なく、ただまっすぐに私を見つめる。



「そんなわかんない先の心配より今を心配してもいいじゃん!?その悲しさを一生懸命に大事にしてあげてもいいじゃん!!他人事な態度で正論をわざわざ言われなくても自分でも充分わかってんだから!!」



興奮しすぎて何がいいたいのかもわかんなくなった。


ただ辻田君の態度に反発したいだけかもしれない。


辻田君が言ってることもわかるけど、それは違う!!って上手に言い返せないのが悔しい…。



「…先輩にそんな注意する前に指輪探してあげる勢いのことしてもいいじゃん。」



うまく伝えるボチャブラリーがないと自分で悟り、私の方が勢いをなくしてしまった。


小さな声で呟いた。



「…ジチシコでしょ?…生徒のためのジチシコなんでしょ?」



言ったことに対しての答えを聞くのが怖くて、言ったあと、すぐに辻田君に背を向けて歩き出した。


これ以上、正しい反論されたら落ち込んじゃうかもしれない。



パシッ



辻田君に腕を取られて止められた。



「誰が探さないって?」



振り返った。


辻田君は片っ方の口角だけ上げている。


笑ったのを初めて見た。



「散々そこまで言ったんだから、お前も手伝えよ?もちろん」



私の腕を引き、自分と向かい合うように向き直された。



「探すに決まってんだろ?俺らをなんだと思ってんだ?」



淡い茶色を細めて笑った。



「ジチシコだぜ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る