周りの評判
周りの評判
帰りの電車を待ってるホームでもさっき辻田君の言葉を頭の中で反芻させていた。
『困る』『迷惑だね』
それは思ってもなかったまっすぐとした否定の言葉。
入部を断ることに反対されるならともかく、入ることに反対されるとは思わなかった。
そのせいか入るつもりもなかったはずなのに辻田君の言葉にショックを受けた。
もし入ったら内野君に喜んでもらい役に立てるのではと思ってた。
私は今までに委員長、班長とそうしたことを任されてきたからそれぐらいの仕事も忙しさも大丈夫だと甘く見て自惚れてた自分が見えたみたいで恥ずかしかった。
「…はぁー」
ため息をせずにはいられなかった。
どんな時でも、そのつもりでいても、否定の言葉はやっぱりきつい。
…私はジチシコに入りたいの?
「ただいま~…」
家に着いたら美味しそうな匂いがした。
「あら?早いのね?部活は?」
台所からお母さんが顔を出す。
実はテニス部をやめたことはまだ言ってない。
グチグチと文句を言われかねない。
だから今はまだ言えない…
テニス部をやめても文句を言われないような部活に入り直すまでは…
「うん!もうすぐテストだから!!」
「そうよね~。あんな桜田高校でも一応進学校なんだから気を抜かずにしっかりと勉強するのよ!!」
桜田高校はここらへんではレベルも評判もそこそこにあって、人によっては充分とも思えるが、お母さんは桜田高校を誉めたことがない。
私が桜田高校ぐらいのレベルでの合格しか出来なかったのを今でも快く思ってないのだ。
そこで、お風呂場から
「あ!菜月帰ってたの?おかえり!!」
頭をタオルで拭きながらお姉ちゃんが出てきた。
「お姉ちゃん!今日は早いね!!どうしたの!?」
「ん~?今日の講義が休講になっちゃって…講義に合わせてバイトも入れてなかったから暇になっちゃった。」
えへへと明るく笑うのは乾家の長女、花陽《
かよ》姉ちゃん。
花陽姉ちゃんはこの校区で1番頭のいい高校の楓学院の卒業生で、今は国公立K大へと進学した。
テニスでインターハイ出場も果たしていたからスポーツ推薦もたくさん来ていたけど、それらは断り一般試験で入学したのだからまたすごい。
勉強を今も頑張っててバイトもしてるし、友達付き合いも悪くない。
なんだったら彼氏もいて程よくデートもしてる。
…この人は一体いつ寝てるのだろう?
「ねぇ、花陽姉ちゃんの友達に生徒会入ってた人とかいた?」
「ははは。なに?いきなり…。」
「いや、べつに」
「そうね~知り合いだったけど仲良しってわけじゃなかったかな?」
「ふ~ん?」
「先生に生徒会選挙に出ないか?とか時々言われたけど興味なかったし…」
「あれ?でもそういえば中学の時は生徒会長だったじゃん!」
花陽姉ちゃんはリビングの真ん中でのびのびとストレッチを始めた。
なんというかスタイルもいい。
「まぁ中学はね。中学は地元だし生徒多くもなかったから、ほぼ知り合いじゃん?緊張とかもないし仕事とか皆無だし。結構目立つ子がするって感じだったから。それに比べたら…」
「比べたら?」
「高校ん時の生徒会はガリ勉な感じな子ばっかだったからかな。生徒会の人達はちょっと…陰キャって感じだった」
花陽姉ちゃんは言いづらそうに苦笑いをした。
お姉ちゃんの言いたいことはわかる。
中学の時はお調子者とか運動部キャプテンとかっていう人気者が選ばれてたけど、それってうちの中学だったからだと思う。
言っちゃ悪いが志方先輩とか辻田君とか……イメージはああいう地味な人だとだよねと、思い出して納得した。
「…で。それがどうかした?」
花陽姉ちゃんはストレッチが終わり、伸びながら聞いてきた。
「なんでもない。」
そう答えて制服を着替えに部屋へ戻った。
これはもうジチシコに入るのやめるしかないな…
花陽姉ちゃんの話を聞いて、ますますやる気がなくなった。
あの翌日に内野君に「やっぱり入らない」と告げた。
そしてその後、テスト期間に入り、高校初めてのテストにクラスは適度な緊張に包まれ、皆やる気のようだ。
ジチシコを断って内野君は残念がってたけど、その後もいつも通り話しかけてくれた。
気まずくならずに済んで、ホッとしている。
詩鶴ちゃんは挨拶ぐらいしてくれる。
辻田君とはすっかり喋らない。
多分これから関わることもないだろう。
…ー
「ジチシコ部って影で“地味シコ”とか“ジコチュー部”とか言われてるんだって~。」
「…え?」
昼休みに教室で歩美と喋ってたらジチシコの異名を聞く事になった。
「こないだ菜月言ってたじゃん?内野君に誘われたっていう部活。ジチシコ部」
「ぇ…あー…うん」
「私も知らなかったんだけど、さっきトイレ行く時に陸部の先輩に会って、体育祭の話してたらそれ教えてくれたの。」
歩美は足が早いのでクラスの選抜リレーに抜擢されているのだ。
歩美は教室をキョロキョロと見渡していた。
おそらく内野君たち、ジチシコがいないか確認したのだろう。
いないと判断して再びこちらを向いた。
「体育祭では審判とか得点とかジチシコが全部管轄してるみたいだけど、普段は全然存在なくて地味なのに、」
真面目そうな志方先輩を思い出す。
「審判とか説明の時、上から目線っていうか偉そうで、」
勝手に話をするカジヤン先輩を思い出す。
「質問とかお願いとかでも『ムリ』『ダメ』とかすぐ言うし、」
中庭での辻田君の物言いを思い出す。
「かと思ったら強引に勝手に進めるし、」
強く背中を押した詩鶴ちゃんを思い出す。
「っていうか変人ばっかの巣窟だって!!」
ハイテンションの内野君を思い出す。
地味シコとかジコチュー部って呼ばれていることを知らなかったけど、理由が容易に想像できてしまった。
…納得
「まっ!菜月は断ったんだよね?正解正解♪」
歩美に笑いながら背中を叩かれて頷いた。
私はせめて周りから反感のないクラブに入りたい。
テストが終わった。
最後の教科の試験が終わるチャイムほど解放感を味わわせてくれるものはない。
しかしその爽快感もテスト返却の緊張もする暇もなく慌ただしく体育祭の準備が始まった。
テストが終わってすぐに陸上部の見学に行きたかったけど、陸上もまた体育祭に向けての本気モードで忙しいらしい。
それにチームの応援の準備で帰宅部が重宝されるので体育祭が終わるまで入部はお預けな空気になってしまった。
体育祭まで残り一週間。
学校全体が盛り上がってきた。
放課後に帰宅部4人と体育委員2人で団旗の仕上げをしようとした。
体育委員の女子がイライラしながら、彼女の友達と喋っていた。
「内野君ってなんでジチシコしてんだろ!?」
「まぁ関西人のノリで興味持ったんじゃない?」
私は心の中で、そういうもんなのか!?と思いながら
みんなは口々にジチシコに対して文句を言っているのを聞いていた。
何故なら、さかのぼること15分前―…
『ねぇねぇ。辻田君たち、まだ一回も放課後残ってないよね?一週間前だし、ちょっと手伝ってもらえない?』
HRが終わってすぐに教室を出ようとした辻田君と詩鶴ちゃんに向かって体育委員はお願いした。
内野君はまたHR欠席だった。
『あー…ごめん!忙しいから無理!』
辻田節で周りが固まったのがわかった。
『ほんとにごめんね!多分あと残り一週間も全部手伝えないと思うから…ほんとにごめんね。』
フォローしてるようで手伝わない宣言をしてしまった詩鶴ちゃんの言葉でトドメをさし、固まる教室の空気を残して、2人はさっさと教室を出ていったのだ。
おかげ作業中はジチシコの悪口大会だ。
他のクラスではジチシコを知らないというところもあるけど、うちのクラスは3人もいるもんだから体育祭前の今ではすっかり知れ渡っている……
悪い意味で。
内野君と詩鶴ちゃんはまだ人当たりいいからマシだけど、辻田君はプラスあの態度で
そういえば辻田君は、あの2人以外に誰かと一緒なの見たことない…
友達いないのでは…
旗に色付けるために筆を動かしながらどうでもいい心配をしてしまった。
「そういやペアダンスの話聞いた?」
一人の女子が楽しそうに言い出した。
「春のバレンタインってやつ?」
「そぅそぅ!!うちらにはまだ関係ないけど、そういうのいいよね!!」
「ほんと女子ってその手の話が好きだよな…」
この体育祭のメインは最後のリレーとお昼にある応援合戦だ。
応援の部で各チーム男女ペアでダンスを踊りアピールをする。
人数が限られている人気種目でほとんど3年生で編成される。
ペアは基本は応援団長が身長に合わせて考えて勝手に組む。
でも3年は、そのペアを女子から男子に申し込みが出来るというのが暗黙の了解でされているというのだ。
友達でやりやすいからとか、憧れだからとか、もちろん本気の目当てでなどなどまさに春のバレンタイン。
さらに体育祭というイベントごとで一緒にやっていく上でカップルになりやすいのだ。
中学にないこういうジンクスみたいなのが高校生になったんだなって実感する。
私だったら誰誘うかな…
内野君だったらジチシコで忙しいからダンス自体しないかも…
話を聞いて筆を動かしながら、また関係のないことを考えた。
それから一週間、ジチシコ3人は昼休みも放課後もクラスを手伝わず、どこかへ行ってしまう。
たまにHRを欠席したり、3人で途中で堂々と抜け出していた。
HR中で連絡事項をまだ喋っていた先生は「こら!!どこへ行く!?終わってないぞ!!」と注意するが平然としている。
扉のところで3人とも振り返り、言い切った。
「「「ジチシコだから。」」」
それだけ言って去っていった。
ジチシコの変人説に更に拍車をかけている。
しかし“ジチシコだから”ってだけを理由にしていくとか…。
強気すぎる…
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