名前

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昼休みが終わったあとの5・6時限は選択授業。


私と内野君は取っている教科が違うから、そのせいで昼休み以来会えなくて、詳しく何部なのかを聞けない状態が続いた。



あっという間にHRの時間となった。


先生もまだ来ておらず、授業が終わったばかりの教室はざわついて仕方ない。



そんな中、内野君がなかなか帰ってこない。


後ろの空席を見つめては溜め息をついた。



ちなみに廊下側の席なので扉が開く音に気付きやすい。


開く音が聞こえて、先生が来たのかと思ったけど、辻田君だった。


音に反応して無意識に顔を上げたから、辻田君と目が合ってしまう形になり、なんだか気まずくなってしまった。



迷った末に一応頭を下げたと同時に彼は無視して少し離れた席に着いた。



行き場のない頭は下げたまま固まった。


無視をされてどこを見たらいいのかもわからず、目線は泳いだ。



くそっ!

なんだ!?

あいつ!!


ムカつく思いで咲ちゃんの後ろの席にいる辻田君にバッと顔を向けた。


そんな私の視線も気にせず彼はぼんやりとしている。



"あーうん。その子は見たことある。"




咲ちゃんの席と後ろの辻田君の距離を見て、さっきの辻田君の言葉を思い出す。


あんな超近い前後の席で"見たことある"程度のレベルの認識っておかしくない?普通!


そんな風に心の中で罵っていたら、辻田君は後ろを向いて後ろの席の女子と話しだした。



確かあの子は…


富永さん?


少しタレ目でぽてっとした唇にナチュラルな化粧遣い。

緩くあてられてるパーマに、なんだかフワフワした可愛らしい雰囲気を持っており、女の私でも色っぽい、大人っぽいと感じてしまう。


楽しそうに二人で喋ってる…



あーそういうことか…


女は富永さん以外眼中ナシ!

ってこと?



そんな辻田君が面白くて一人で鼻で笑っては前へ向き直った。



先生も帰ってきて軽い連絡を済ませて、HRの終わりを告げるチャイムが鳴っても内野君は帰ってこなかった。


どこ行ったんだろ…



放課後にどっか来いって言われても、そこ知らないし…


どこに来いって言われてたっけな~…



「なぁ、そこのポチって人!」



カバンにノートを詰めてるところでボソッと声をかけられた。


目の前には、ぼんやりとした目付きで辻田君が立っていた。



「辻田君?」


「ウッチャンから聞いたけど今日来んの?」


「は?」


「ジチシコ!」


「へ?」



言葉足らずなその会話の間にクスクスと笑い声が挟まれた。



「マー君、乾さんの案内なら私がしとくから。このあと今田先生つかまえて判子もらうんでしょ?」


いつの間にか近くまで来ていた富永さんが辻田君に向かってそう言った。


富永さん……こうして近くで見るとホント可愛らしい。



「ぁー頼むわ!ありがとう、しづる」



"しづる"



片手でごめんのポーズを取った辻田君はそれだけ言って去っていった。



「テストが終わったらすぐに始まるからね。マー君もウッチャンも忙しいんだ!!ごめんね!」



辻田君の"ウッチャンから聞いたけど"発言から思うに、もしかして私は内野君にすべてを聞かされていて知っているという前提で話しが進んでいるのだろうか…


だって…


主語がないぞ!!!!


富永さんですらやや言葉足らずな会話をする。


なにを言ってるのかわかんない!



「ね!乾さんの下の名前って何?」



一体何の話しで何部の見学かも、なんでここで富永さんが出てきたのかもわかんないまま、しゃべると同時に富永さんは歩き出した。


仕方ないのでついて行く。



「え?あ…菜月です。」


「ん?漢字は?"夏"に"希"望とか?」


「あ…じゃなくて菜っ葉にお月さんで"菜月"」


「え~!!めちゃめちゃ可愛いね!!菜月ちゃんって呼んでいい?」


「あ…うん。」


可愛いのは私?名前?


多分名前だろう。


でも可愛い富永さんに言われても説得力ないっていうか逆に落ち込む。



「富永さんは…"しづる"っていうの?」


「えー!?知っててくれてたの!?すごい嬉しい!!」



廊下を歩き、すれ違う男子生徒たちが富永さんの笑顔に振り返る。


彼女の笑顔は


ナイス威力…



「知ってたというかさっき辻田君がそう呼んでたから。」



さっきからそれが気になってたから。


やっぱあれ、下の名前を呼び捨てにしてたんだ。


そういや富永さんも"マー君"呼びだし。



「仲良いんだね。」


「あー違うの!マー君、私の名字知らないの!」


「…は?」


「ん?あ…知らないだと語弊があるかな?多分今はわかってるだろうけど、最初私の名字が覚えられなかったの。」


「前後なのに!?」


「それで普段ウッチャンが私のこと"しづる、しづる"って呼ぶからそれだけ覚えたみたい。」







富永さん以外眼中ナシ!


なのではなく単に本気で人の顔も名前も覚えれないのか!



「よかったら菜月ちゃんもそう呼んで!ポエムの"詩"に動物の"鶴"で"詩鶴"だから!!」



頭を傾け、のぞきこむように上目遣いで笑いかける富永さんは本当に可愛い…



「詩鶴ちゃんさ…」


「あはは!詩鶴でいいのに~!なに?」





…ウチノ君ニモ…

"詩鶴"ッテ呼バレテルノ…?



「ぁ~いや、私ら今どこに向かってるんだろうって思って?私、内野君に見学においでとしか聞いてないから詳しく知らないんだ!」


「え!?そうなの!?」


「うん!この流れだと富永さんも同じ部活なんだよね?何部?」


「う~ん…部活っていうより…」



急に苦笑しだす。


昼休みの時の内野君と同じリアクションだな…


なんで?



「え〜っとね、生徒会活動…的な?」



なぜ疑問系?


…っていうか




ええぇぇ!!??



「生徒会なの!?」


「この学校では生徒会って呼ばずにジチシコって呼ぶみたいだけどね」


「内野君たち生徒会なの!?」


「いや!だからジチシコね!」


「…ジチシコ?」




「そぉ!自治会執行部。通称ジチシコ!!」




いつの間にか食堂を通りすぎ、体育館の裏あたりに着いて仮設住宅みたいな建物が目の前にある。



「菜月ちゃん。私らはジチシコなの!」







…なんじゃ、そりゃ?


ジチシコって…何?

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